Friday, February 4, 2011

『自衛隊 秘密諜報機関』 阿尾博政


  (シベリア抑留犠牲者遺族の墓参団の)通訳の家は
横浜にあった。・・・(家を訪ねると現れたのは)通訳の母
だった。・・・「代わりにお嬢さんに父の墓を見てきて
ほしいのです・・・」私は声を震わせながら、
(自分も遺族の一人だと)真赤な嘘を並べ立てた。
母親は黙って私の話を聞いていたが、話が終わると
おいおいとその場に泣き崩れ、「必ず娘にいいつけておきます」
と約束してくれたのだ。私は何ともいえない後ろめたさに
心を押しつぶされそうになりながら、
その日は彼女の家を後にした。
・・・(後日)通訳の女性とも会うことができた。
(自分も遺族だが今回は墓参団に参加できないという)
偽りの事情を・・説明すると、彼女も目に涙を浮かべて
「お父様のお墓をしっかり見てきます」
といってくれた。
 ・・・(この通訳に墓地周辺の軍事写真を撮ってきてもらう)
任務が無事完了しても、私は少しもうれしくなかった。
むしろシベリア抑留者の遺族になりすまし、人の善意を
利用したばかりか、一般人に諜報員の肩代わりをさせた
自分自身を激しく蔑んだ。あまりの自己嫌悪に、
数日間は食事もろくに喉を通らなかった。

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