Thursday, May 5, 2016

守屋英一 『フェイスブックが危ない』

Moriya, E. (2012). Feisu bukku ga abunai. Tōkyō: Bungeishunjū.


その目的はナニ!?フラッシュモブ

 フラッシュモブ(Flash Mob)とは、インターネットを通して、不特定多数の人間が、公共の場にいきなり登場し、何らかの目的を達成すると、即座に解散する行為を指す。・・・米国で多発している犯罪ケースのほとんどが、何十人という集団で、商店や通行人を襲うというものだ。
 フェイスブックのイベントページで、「何時何分どこどこの店を襲撃しようぜ」と犯罪を呼びかけると、それを見た人が「OK。やろうぜ!」と賛同し、いざ集合となるのだ。・・・一人一人をつかまえても、横のつながりがないため、全体について把握するとことができない。日本で[も]似たような迷惑行為が行われている。同じ時刻に、某牛丼店に集まり、いっせいに注文するなど[である]。(p.62)

あなたのつぶやきが、知らない間に活用される!

 ライフログとは、英語のライフ(生活)とログ(記録)を合わせた造語である。フェイスブックでは、わたしたちが何らかの行動をとったときに、その行動の履歴を収集・記録することによって集められた情報が・・・第三者によって再利用できるようになっているのだ。
 具体的には、GPS機能によって自分の所在・・撮影した写真の位置情報をはじめ、実名、誕生日、住所、経歴などのプロフィール情報・・メッセージ、写真、動画といった投稿に関する情報。さらには興味をもった情報・・趣味嗜好に関する情報までもが該当する。(p.70)

 データベースに不正アクセスを行い、個人情報を盗み出す手口もあり、盗んだ情報は、闇市場で売買されている。トレンドマイクロが2011年8月から2012年にかけて行った調査によれば、フェイスブックのアカウントは、1件1.2円、クレジットカード番号は、1件80円から800円前後、銀行口座の認証情報は、1件2000円から2800円前後で取引されている、とのことだ。(p.94)

だます相手と信頼関係を構築する

 機密情報を標的としたサイバー犯罪の特徴の1つとして人間の心理が悪用されている。所属部署のメンバーの名前や趣味嗜好といったプライベートなものまで、あらゆる情報収集が事前に行われる。必要な情報が収集できない場合は狙った相手と関係がある友人などを騙して情報の収集を図る。そのようにして集めた情報を利用して狙った相手を信頼させ緊急性を強調したり、上司や重役の名前を利用して…権威をちらつかせる。また「助けて欲しい」と相手の良心に訴えかけるなどの手口で相手を騙し、必要な情報や行動を引き出す。(p.107)

女性を狙う「ネットストーカー」の恐怖

 ネットストーカーは、インターネットを利用して、特定の人物に…いやがらせをしたり…個人情報を暴露する。場合によっては、住所などを割り出して、自宅や勤務先で待ち伏せするケースなどもある。(p.26)

ストーカーが「ネットストーカー」へ進化!?

 インターネットでストーカー被害に遭うだけでなく、現実のストーカーが「ネットストーカー」へと発展する危険性もある。(p.27)

Monday, April 25, 2016

秋岡史 『ストーカー犯罪』

: 被害者が語る実態と対策

Akioka, F. (2003). Sutōkā hanzai: Higaisha ga kataru jittai to taisaku.

(3)相手不明型 

もしかしたら、家の前を歩いている見知らぬ男がストーカーかもしれないし、買い物中に隣にいる男かもしれない。また、電車の中で目の前に立っている男かもしれないし、近所の誰かもわからない。これでは人間不信や心身症になっても不思議はない。(p.66)

(4) 嫌がらせ型

ストーカーには恋愛感情がまったくない場合だが、一連のストーキングが繰り返され、エスカレートする場合だ。(p.70)

警察は何もしてくれない

東京都に住む自営業の信子さん(三〇代)は、八年ほど前から正体不明のストーカーからの、電話による悪質な誹謗中傷に困り果てていた。・・・警察にも訴え、被害届も出した。・・・しかし、警察は・・・実際には何もしてくれなかった。

千葉に住む会社員の朋子さん(三〇代)は、数年前から元同僚の男性につきまとわれて悩んでいた。・・・相談するようにすすめられて行った管轄警察署では、「ここでは、事件がおきなければ何もできない」と言われ・・・途中でほかの警官たちが入ってきて、「ストーカー?もてるね」とか、「肉体関係はなかったの?」などと興味本位に声をかけられる始末だった。(p.p.84-85)

二〇〇〇年春ごろのことだ。東京都に住む多加子さんは、相手不明のストーキング被害で二年以上も苦しんでいた。そのストーカーが警察に検挙された。
・・・警察署では、被害者の取り調べと称して、ストーカーの家宅捜索で押収した個人的な写真やビデオテープまで見ることになった。多加子さんは抗議したが、部屋には担当者以外の警察官までが集まってきた。そして、大勢で集まって興味本位に見たあげく、ビデオを見て興奮した警察官の一人は、多加子さんにセクハラめいた言葉をかけて身体にまで触れてきたいう。
 ・・・そのうえ早朝の電話で呼び出された警察では、一日がかりで夜遅くまで長時間の捜査につきあわされていた。そのあげくに、被害とは関係のないプライベートなことで、周囲の警察官からも性的な嫌がらせを受けた。(p.87)

 
ストーカーの素顔

・・・(ある人物が)ストーカーだとわかったとき、第三者の反応は「やっぱり」というより、「まさか」という場合が多い・・・ほとんどのストーカーはむしろ職場や第三者の前では「いい人」でとおっていることが少なくない。(p.101)


相談者が語るストーカーの特徴

<ボーダーライン[境界性]人格障害>と呼ばれる類型が・・・ストーカーには多いと言われる。・・・対人関係でトラブルをおこしやすい傾向が指摘されている。他人に迷惑をかけても、自覚症状がないのがこのタイプに多いという(p.p.102-103)

精神的被害は変化する

ストーカーの要求を受け入れればストーキングをやめるのではないかと期待[して要求に合わせようと試みる時期]がある。ただし・・・ストーカーの言いなりになっても被害がやむことはほとんどない。

・・・ほとんどの被害者が経験するのが、ストーカーに<仕返ししたい>とか<殺したい>といった過激な考えだ。しかし、絶対に個人でストーカーに反撃したりしてはいけない。自分が傷つく危険性があるのはもちろん、事件でもおこせば被害者のほうが犯罪者にされてしまい、事実関係を複雑にしてしまうからだ。(p.p.181-182)

無理なくマイペースで

被害者同士で話をしたり・・・気持ちを切り替える・・・支えあえば勇気がわくこともある。辛いのは自分一人ではない、もっとひどい被害者の力になりたいという思いが、気持ちを強くするのかもしれない。そして、今はいつ終わるかもしれないと思う辛い症状も、時間をかければかならず終わりがくることを信じて、気長に闘ってほしい。(p.183)

Sunday, April 10, 2016

フランク・スウェイン 『ゾンビの科学』

:よみがえりとマインドコントロールの探究
Swain, F., & Nishida, M. (2015). Zonbi no kagaku: Yomigaeri to maindo kontorōru no tankyū. Tōkyō: Intāshifuto.

(How to Make a Zombie: The Real Life (and Death) Science of Reanimation and Mind Control)


すべては脳のなかに

人の右の扁桃体を、電極を用いて人工的に刺激してみると、その人はだんだんに恐怖や怒りを感じはじめ、やがてその気持ちは隠しておけなくなるほど大きく膨らむ。感情のダムが決壊すると、ふつうは外の刺激に攻撃の矛先を向ける。・・・電極をはずしたあとにも感情は残り、多くの場合は驚くほど長く続く。(p.116)

隠れ家に踏み込む

ドイツの神経学者エドワルド・ヒッツィが・・・イヌの頭皮を切り裂いて脳を見えるようにしてから、細い金属針で灰白質のさまざまな領域を刺激し、筋肉の収縮をおこさせていた。(p.p.118-119)

[人間でも脳の]随意運動野を刺激すれば脚が急にピクンとのびるかもしれないが、ジョヴァンニ・アルディーニとアンドリュー・ユーアが一世紀も前にやって見せたように、脚に沿って走る神経に電流を流しても同じことが起きる。(p.121)

一九九八年にはノースカロライナ州在住のスチュワート・メロイ医師が・・・電気脳刺激が性欲を刺激するという強力な効果を発見することになる。[慢性的な腰痛を抱える女性の]患者は背骨に電極を埋め込む「仙骨神経刺激療法」と呼ばれる治療を選んでいた。手術中にメロイ医師が電極の位置を試していると、女性が妙なあえぎ声を出しはじめ、「それをどんなふうにやるのか、私の夫に教えてちょうだい」と大声で叫んだという。

昆虫偵察機

[科学者デルガドがコントロールする]ウシの脳には「スティモシーバ」が埋め込まれていた。無線につながった神経のペースメーカーの一種で、デルガドがイェール大学の生理学部にある自分の研究室で設計したものだ。この装置を使って電気脳刺激(EBS)を与えることで、動物を命令に従って踊らせたり鳴かせたりすることができた。

[てんかんの治療を受けていた三六歳の女性の手術後、]療法士が埋め込まれた電極に順番に電流を流しながら話を聞いていた。右側頭葉を刺激したときに、この女性は体の片側でヒリヒリするような快感があると話した。パルスを繰り返すうちに快感はさらに強まって、患者はおしゃべりになり、異性の気を惹くようなそぶりを見せるようになった。あるところまでいくと欲望があまりにも刺激されたせいか、療法士に結婚してほしいと迫った。(p.p.134-135)

もし誰かにスティモシーバを埋め込んだとして、その人物は装置に送られる命令に抵抗できるのだろうか?・・・デルガドの患者のひとりは、手で握りこぶしを作らせようとする刺激を運動皮質に送られ、それに抵抗するよう指示された。何回やってみてもだめだとわかると、患者はため息まじりにこう言った。「先生、先生の電気のほうが、私の意志より強いのだと思います。」

 [だが、命令を直接脳に送るよりも]脳の一部を刺激して感情を呼び起こす[ことで行動を起こさせる]ほうがずっと簡単だ―人はその感情にしたがって行動するだろうし、常にその行動を自発的なものと考える。たとえばデガルドが、ひとりの患者にある種の不安を抱かせるよう何度も仕向け、その患者が自分のまわりを調べるよう誘導してみた。運動皮質に電極を埋め込まれた場合とは異なり、この患者はいつも自分から調べたくなって、自分自身の気持ちに従っただけだと言った。 (p.139)

岡田尊司 『パーソナリティ障害がわかる本』

:「障害」を「個性」に変えるために
Okada, T. (2014). Pāsonariti shōgai ga wakaru hon: Shōgai o kosei ni kaeru tame ni. Tōkyō: Chikuma-shob

①両極端で二分法的な認知
・・・敵か味方かという、中間のない二項対立に陥ってしまうのです。


②自分の視点にとらわれ、自分と周囲の境目があいまい

③心から人を信じたり、人に安心感が持てない
・・・ささいなことでも傷つきやすく、他者を不快なものや自分の邪魔をするものとして捉えがちです。

④高すぎるプライドと劣等感が同居

⑤怒りや破壊的な感情にとらわれて、暴発や行動化を起こしやすい
(p.p.32-41)


自己愛的怒りと嫉妬深さ

 自己愛性パーソナリティ障害の人に見られる一つの特徴は、思い通りにならないと激しい怒りにとらわれることです。その怒りはとても強烈で激しいものです。暴言を吐いたり、物を壊したり、暴力になってしまう場合もあります。


たとえ自分に非があっても、相手の不手際や無能ぶりを一方的に責め立てます。なかには自分を怒らせたことに対して怒るという場合もあります。「なぜ、おれを怒らせるんだ?」「なぜ、私を怒らせるの?」は一つの常套句です。

そして自分を怒らせた相手に制裁を加えようとします。つまり、自分が絶対の基準であり法律なのです。自分を怒らせることは正義に背くことで、絶対の悪とみなしてしまうのです。(p.163)


弱さを見せると危険

 反社会性パーソナリティ障害の強い人は強いものに憧れ、弱いものを軽蔑します。
相手の態度にオロオロしたり、おもねるような態度で接すると、扱いやすい相手だと見なして嘗めてかかってきます。泣き落としにかかったり威嚇したりして、思い通りに操ろうとするようになります。(p.219)

『他人を傷つけても平気な人たち』 杉浦義典

サイコパシーは、あなたのすぐ近くにいる

Sugiura, Y. (2015). Tanin o kizutsuketemo heiki na hitotachi: Saikopashi wa anata no sugu chikaku ni iru. Kawadeshoboshinsha.


 サイコパシー傾向のとくに高い人だけが反応する質問項目を調べた研究がフロリダ大学で行われました。その結果、「私は、自分の行動が道徳的であるかに無関心です」という答えが、もっともサイコパシーらしい答えでした。
 つまり、サイコパシーは、道徳に無関心、言い換えれば罪悪感がないのです。(p.38)



 モラルの欠けたパーソナリティを背景としてパワー・ハラスメントをくり返すことを、モラル・ハラスメントと呼びます。このモラルの欠けたパーソナリティとは、まさしくサイコパシーや自己愛パーソナリティのことのようです。

事例から見る「モラハラ」とサイコパシーの関係

事例1

・・・社員たちの対立を利用するために、社員を中傷するようなうわさは放置したりもします。
自分に従順な社員は優遇し、反抗的なものは冷遇するという不公平さを示しました。部下に対する不公平さは目に余るものになっています。不公平さを訴える社員には威嚇で返し、ささいなミスから解雇しようとしたりします。(p.p.108-109)

Sunday, March 13, 2016

矢幡洋 『平気で他人の心を踏みにじる人々』 : 反社会性人格障害とは何か


Yahata, Y. (2006). Heiki de hito no kokoro o fuminijiru hitobito: Han shakaisei jinkaku shōgai towa nanika. Tōkyō: Shunjūsha.

[パーソナリティ研究の世界的権威であるミロンは]反社会性パーソナリティ障害には遺伝的な要因が存在すると明言している。(p.51)

[反社会性パーソナリティ障害者は]底の浅い合理化を行う。「ものをいうのは力だけだ」「オレはただ正直に生きているだけだ。ほかの連中はエゴイストのくせに、みんな偽善的にふるまっているのだ」「ほかのやつらはバカか、不公平な社会に妥協しているだけなのだ」―彼らは自分の[反社会的]行動をこのように正当化し、「俺たちのやりかたこそ、こんな世の中では有効なのさ」と自己肯定する。
・・・また投影の機制によって、自分自身の搾取的な衝動を、他人に帰属させてしまう。(p.94)

[反社会性パーソナリティ障害者は]自分のずるさや攻撃性を、他者や外界に投影する。これによって彼らはすぐ、他人が悪意をいだき、悪だくみをしていると疑う。・・・本当は自分のなかに存在する悪意と策略を、他人のなかに存在していると感じることで、自分は他人の悪意の被害者であって、自分の権利を守るために、やむをえずダーティなことをせざるをえないのだ、と考えることができる。自分の攻撃的な行動を、あくまでも防衛的なものであると正当化できるわけである。(p.134)

[事例] 池田小学校児童殺傷事件

・・・野外活動で昼食を食べそびれた四人の教員が、校務室で食事をとろうとしたところ、[校務員として赴任していた]宅間が出したお茶を飲んでしばらくして眠気や頭痛を訴えはじめた。宅間は、自分がもらっていた精神安定剤をお茶に混入させていたのである。宅間は「先生たちが自分を無視している」と感じており、「うっぷんばらし」だったという。(p.138)

[反社会性パーソナリティ障害者は]「自分たちにも与えられるはずのものを与えられていない」という屈辱感があり、心の底はつねに、既存の社会に対する怒りと復讐心をいだいている。そのため、ただまじめに働くことで何かを手に入れるより、他人の裏をかいたり、不当な手段を用いるといった、危ない橋を渡って獲得するほうが強い喜びを感じる。
・・・殊に、社会で成功し、高い地位を持っている人たちに対して、激しい反発と敵意を感じるため、彼らよりも社会的に上とされる人が惨めな姿をさらすのを見て、とりわけ強い喜びを感じる。他人から略奪できた、他人をその地位から引き摺り下ろすことができたと感じるとき、復讐心が満足されるからである。(p.111)

[事例] 池袋通り魔殺人事件

[造田博は]以前から嫌っていた同僚に携帯電話の番号を訊かれて教えたところ、同じ日に無言電話があった。(p.182)


[反社会性パーソナリティ障害者は]「ほかのやつらだって同じことをやっているのさ。ただ、やりかたが狡賢いからばれないだけだ」「だいたい、いまの社会が根っこから腐り果てているから、俺がこんなやりかたをするのも仕方がないんだ」というわけである、そのため、通常ならば自責の念が起こることでも罪悪感を感じない。(p.117)


[事例] 武富士フリージャーナリスト盗聴事件

[武井会長は]警察職員にビール券を送るなど、警察とも癒着しようとしており、警視正(当時)ら三人が、武富士の元法務課長の求めに応じて犯歴などの捜査情報を漏らしていたとされ、警察内でも処分者が出ることとなった。(p.153)


[反社会性パーソナリティ障害者の]イメージのなかでは、すべてのものが価値を切りさげられる。・・・異性に対しても、金ヅルを探しているだけの卑劣な連中であると思い、友情や師弟関係といった肯定的な人間関係であっても、自分が相手に騙されているだけだと考えがちである。・・それだけ他者を警戒する結果、彼らは、他人に搾取されない方法はふたつしかないと考えるようになる。
・・・ひとつの方法は、彼らに実害を及ぼすことができる力を、他者から奪いとってしまうことである。他人から人に命令するような権力を奪いとり、自分が他人を左右するような立場にとってかわることが重要なのである。(p.p.127-128)

[事例]スーパーフリー事件

 [集団強姦の常習犯である]和田真一郎は・・・まず女性を低劣な存在であるとみなす心性が顕著である。たとえば、輪姦を正当化する「女は撃つ(幹部のあいだで使われていた、性行為を言いする隠語)ための公共物」というスーパーフリー内の発言によく現れている。・・・二〇〇三年四月には、「地方の鬼畜化が必要」と称して、輪姦に参加させるため、北海道支部のメンバーをひとりずつ東京に呼んだこともある。(p.p.129-132)


[反社会性パーソナリティ障害者は]欲望の充足に向かう衝動への抑制は弱く、その閾値は低い。・・・彼らの求めるものは、すべてが所有欲や性欲など、非常に原始的な欲望でしかないことがほとんどである。・・・彼らが駆り立てられるように欲望を追求するのは、獲得したものによって、不快満足感を感じることができないからである。・・・自分が獲得したものの価値をどんどん切りさげてしまうので、略奪したものにも、たちまち魅力を感じなくなってしまうのである。
 このため、彼らの内面は空っぽで、きわめて虚ろなものになる。・・内的な深みのある満足感を感じることができないからこそ、[性的、物質的な満足を外部に求めるが]それもきわめて刹那的なものにとどまるため、飽くことなく、欲望対象の獲得を求めつづけなくてはならないのである。(p.p.140-141)


[ベックによる道徳性の認知に関する三つのレベルのうち]最も低いレベルは、自分の利益だけを考えて行動するレベルである・・・患者は直接的な報酬を求めて行動する。「その場で罰を受けない」ことしか考慮に入れない。多くの反社会性パーソナリティ障害の例は、この水準の道徳性で機能して[いる]。(p.190)

小池 龍之介 『3.11後の世界の心の守り方』

Koike, R. (2011). San ichiichi go no sekai no kokoro no mamorikata: Bācharu kara riaru e. Tōkyō: Disukabātuentiwan.

快感イコール幸福という思い込みのなかで

おそらく明治維新、十九世紀の後半くらいから、日本人の間に徐々に浸透してきた、快感こそが幸福だ、という思考スタイルと、それに基づいて築き上げてきた文明こそが、じつはうつ病を大量に発生させ、年間3万人以上の人が自ら命を絶つという異常事態を引き起こしているように私の目には見えます。(p.59)

「快感」獲得の歴史

私たちが快感をおぼえているとき、脳内には、ドーパミンという神経伝達物質が放出されています。それが脳の局部[tegmentum]を刺激するとき心地よさが生じ、刺激し終わると物足りなさと倦怠感が残るため、再びもっとドーパミンを出したくなる、という仕組みです。(p.61)
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快感」が過剰になると、かえって欠乏感が増す?

皮肉なことに、快感を感じたくて楽しんでいるはずが、かえって<足りない>という欠乏間が増大してゆく、ということです。
・・・こうして多くの現代人が<不感症>になり快感がすっかり飽和したかのように見えていた時代に、その飽和状態を塗りかえるかのようにして出てきたのが、インターネットだったように感じております。情報とコミュニケーションにより得られる<快感>が、最新の商品として現在は市場を席巻しているように見えます。(p.p.64-67)

ソーシャルメディアの麻薬的性質

<コミュニケーションのやりとりを多くの他人が見ている>という仕組みのほうが中毒化しやすい・・・[この]本質はツイッターやフェイスブックでも変わっていないようです。他人とのやりとりそのものを一般公開することによって、<自分がいかに人とつながることができているか>を実感し直す、というさびしい営みによって、快感が脳内に生み出されているのです。(p.81)

<自己洗脳>を解く

無防備にテレビを観たり、インターネットで情報の洪水を浴びたりしているうちに、私たちの心はその都度、快や不快を感じつつ、記憶のなかに不必要な思考を植え付け、いつのまにかある種の<洗脳>を受けてしまいます。
そのいわば<自己洗脳>を解いて目を覚ますには、情報にアクセスしたときには、「自分が快を感じているのか不快を感じているのか」「自分の脳内ではどういう思考=非現実が生じているのか」と点検しておくことが、じつに役立つことでしょう。(p.27)


記号的ヴァーチャルから身体的リアルへ

 今回の災害では、海外メディアが、このような悲惨な状況のなかにあってもお行儀よく助け合う日本人を賞賛し、さかんにもてはやしました。私のところにも、日本人に学ぶべきといったテーマで、韓国から取材がありました。どうして日本人はこういうときにも協力し合えるのかと。
 そこで答えました。日本人というより、東北人だからなんですよ、と。もし、同じ地震が、快感中毒者の集まる東京で起きていたとしたら・・・・。今回のことは、日本人がすばらしいのではなく、東北の人たちだったからのことだと思います。
 私が思うに、東北の人たちというのは、日本のなかでも、東北に残ろうという選択をしている人たちです。・・日本にいる多くの人たちが東京に行きたいとか、大阪に行きたいとか・・とにかく情報があるところに行こうとするなかで、いや、東北はすばらしい、ここは生まれ故郷だし、自然も多くて、食料も生産している、誇りに思えるすてきな場所だと思っている人が残っているのだと思うのです。
 少なくとも快感を最大化したいという人は、東北には残らなかったでしょう。 (p.p.95-96)