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Thursday, July 3, 2025

吉田敏浩『追跡!謎の日米合同委員会』

 Yoshida, T. (2021). 追跡!謎の日米合同委員会 : 別のかたちで継続された「占領政策」. 每日新聞出版.

一九五七年二月一四日付、駐日アメリカ大使館からアメリカ国務省への極秘報告書「在日米軍基地に関する報告」

行政協定のもとでは、新しい基地についての要件を決める権利も、現存する基地を保持し続ける権利も、米軍の判断にゆだねられている。…多数の米国の諜報活動機関と対敵諜報活動機関の数知れぬ要員がなんの妨げも受けず日本中で活動している。
米軍の部隊、装備、家族なども、地元とのいかなる取り決めもなしに、また地元当局の事前情報連絡さえなしに日本への出入りを自由に行う権限が与えられている。(『日米「密約」外交と人民のたたかい』)
(p.130)

CICとは米陸軍の対敵諜報部隊でCounter Intelligence Corpsの略称である。…日米地位協定の刑事裁判権に関する規定「米軍人・軍属の公務中の犯罪はアメリカ側に第一次裁判権がある」に従って…スパイ活動中のCIC員がたとえ車で日本人をはねて殺傷しても、公務中としてアメリカ側に第一次裁判権があるので、日本側当局に逮捕・起訴されることはなく、日本の裁判所で裁かれることはないのである。

アメリカの情報機関NSA(国家安全保障局)の世界的なインターネット監視・盗聴活動を暴露した、元NSA職員エドワード・スノーデンの告発からも、日米の連携が明らかになった。
…二〇一三年四月八日付の秘密文書には、NSAが防衛省情報本部電波部に「エックスキースコア」など、個人のEメールなど非公開情報まで密かに検索できるインターネット大量監視用の「違法監視プログラム」をも提供し、「これらの監視システムを使いこなし、米国の監視網に貢献するサイバー・スパイを防衛省・自衛隊内に養成する」ための講師を派遣すると記されていた。
自衛隊のほかに…「アメリカの情報機関は警察と公安調査庁に別個のルート」を持って、それぞれ連携している。また、「警察、内調、外務省はいずれも米中央情報局(CIA)との情報交換」をおこなっている。
(p.p.139-140) 

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もく星号遭難事件と米軍の航空管制

一九五二年四月九日、午前七時三四分、日本航空の羽田発大阪経由福岡行き、マーチン202型双発プロペラ機もく星号が、風雨をついて羽田飛行場を飛び立った。しかし、千葉県の館山上空を通過後、離陸から二〇分で行方不明になった。…翌四月一〇日、伊豆大島の三原山噴火口の東側一キロの地に墜落し散乱した機体が発見された。乗組員四名と乗客三三名の全員が死亡していた。
…羽田出発時の米軍管制官の指示は「館山通過後一〇分間高度二〇〇〇フィート」だった。二〇〇〇フィートは約六一〇メートルである。その高度で一〇分も飛べば、海抜七五八メートルの大島三原山に衝突する。もく星号は疑問を呈して問い返した。羽田に駐在するノースウエスト航空の運航係も、この管制指示を傍受していて、その高度では低すぎると抗議した。

…日本政府の事故調査委員会は、米軍にジョンソン基地の航空管制室の録音テープの提出を要請した。しかし米軍は応じず、文書で「六〇〇〇フィートを指示」とだけ回答した。
一方、在日米空軍の機関で航空機と基地の交信を記録する「東京モニター」は、ジョンソン基地からの「館山通過後一〇分間高度二〇〇〇フィート」という指示を傍受していた。だが、米軍側は公式にはあくまでも「六〇〇〇フィートを指示」と押し通した。録音テープの提出を再三の要請にもかかわらず拒み通した。

…そこで注目されるのが、羽田出発時の当初の管制官の指示「館山通過後一〇分間高度二〇〇〇フィート」の背景には、もく星号の飛行予定の方向に、約一〇機の米軍機が飛行中という事情があったことだ。
「もく星」号が羽田を離陸するとき、「東京地区の各飛行場から出発して、同時刻ごろに同じ方向に向かっていた米陸海軍機が十機ほどあった」(『科学朝日』昭和二七年六月号)
(p.p.142-145)

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民間航空機を追尾し急接近する米軍機

一九九七年九月一二日、小松発札幌行き全日空A320旅客機が青森県の陸奥湾上空を高度約六四〇〇メートルで飛行中、米空軍三沢基地のF16戦闘機二機が後方から急接近してくるのが、全日空機の空中衝突防止装置(TCAS)のレーダーによるコンピューター画面に映り、「降下」を指示する警告音が鳴ったので、急降下して衝突を緊急回避した(「朝日新聞」一九九八年一月四日朝刊)。
…パイロットは「まるで標的機を要撃するように追尾しているように感じた」と報告しています。


一九九八年八月には、日航の広島行の便が高度一万七〇〇〇フィートで飛行中に、厚木から岩国に向かっていた海兵隊の戦闘機が急接近、日航機は急降下して衝突を回避した事例、さらに一九九七年一一月には高知県上空で関西空港に向かっていた日航機に米軍戦闘機が急接近、機長の緊急回避操作で空中衝突を免れた事例など、米軍機の異常接近が相次いで報告されました。

二〇〇七年八月八日にシドニー発成田行きのJALWAYSボーイング747旅客機が、グアム島南方上空を高度一万一六〇〇フィートで飛行中、右後方上空から米空軍F15戦闘機二機に追尾され急接近された事件は、米軍側が国際的な飛行規則に違反したことを認め、異例の謝罪をした珍しいケースである。
(p.p.149-151)

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新型コロナウイルスの検疫も米軍まかせ

在日米軍内でも新型コロナウイルスの感染が相次いできたのに、日本政府は米軍関係者(軍人・軍属・それらの家族)の入国禁止措置をとれず、基地から入国する際の検疫も、感染防止策も米軍まかせで、まったく手出しできないのである。
米軍関係者は日米地位協定にもとづき、基地を通じて自由に出入国でき、日本の出入国管理に服さなくてもいいからだ。
(p.172)

Saturday, June 28, 2025

有馬哲夫 『一次資料で正す現代史のフェイク』

Arima Tetsuo,  (2021). 一次資料で正す現代史のフェイク. 育鵬社.
 
東条、そして日本の考えていた戦争は、いわゆる限定戦争だった。ルーズヴェルトはこれを、相手が無条件降伏を呑むまで殺戮し、破壊し続ける無制限戦争に[途中から〕変えてしまった。これによって和平のハードルを高くしてしまった。
(p.p.40-41)
一方、アメリカ諜報機関とりわけ戦略情報機関(OSS)スイス支局などが、天皇制存置さえ認めれば、ソ連の仲介なしでも、日本が降伏することを[ルーズヴェルトの無条件降伏原則を引き継いだ]トルーマンに報告していた。
これを踏まえて、五月二八日、国務長官ジョセフ・グルーは、天皇制を含め日本人に彼らの自由意志によって政体を選ぶ権利を認める降伏勧告を日本に対して出すよう求めた。
(p.p.42-43)
…[トルーマンは〕四五年四月二四日に[陸軍長官〕スティムソンから原爆が八月頃完成予定だと報告を受けていた。これによってトルーマンは日本本土上陸作戦を回避するために条件付降伏を日本に認めることで早期和平を図るよう求めてくるアメリカ軍関係者のプレッシャーに耐えることができた。…さらに、ポーランド問題でソ連と決裂していたので、ソ連にこれ以上協定違反をしないよう警告するためにも原爆を使用したいと願っていた。
天皇制存置条件付降伏支持者のスティムソンさえ、原爆の使用には積極的だった。およそ十九億五〇〇〇万ドルの巨額の予算を使って開発しただけに、使用しなければ開発責任者として責任を問われると思ったのだった。こうして、ポツダム宣言から、天皇制存置条項が削除された。これを残せば、日本は宣言が出るやいなや降伏してしまい、原爆を使用する機会が失われるからだ。
(p.p.44-45)

トルーマンは原爆で真珠湾攻撃の罰を与えたかった

[トルーマン大統領は]上院議員時代から「パールハーバーの騙し討ちをした日本を懲罰すべし」と公言していた。加えて、四月二三日にソ連外務委員長ヴャチェスラフ・モロトフとポーランド問題に関する協定違反のことで言い合いになってからは、ヨーロッパで勢力拡大をはかるソ連を威嚇するため原爆の威力を見せつける必要があるという考えを持ち始めていた。
(p.p.92-93)

スティムソンも自著『平和と戦争に力を尽くして』でこう述べている。

アメリカが天皇の地位についての見解を明確に示すのを遅らせたことが戦争を長引かせたということだ。
(p.107)

Friday, June 20, 2025

中西董『米英軍占領下の名古屋』


 日本人が進駐軍の命令に違反した場合の罰則に、死刑または銃殺刑などの極刑が盛り込まれていた…。
その注目すべき実例を次にいくつか列挙してみよう。先ず第一に「日本人は米国を尊敬すべし。日本人の車馬は米軍を追い越すべからず。違反者は射殺する事あるべし --進駐軍--」…また前文と同じような「===進駐軍命令===日本人の車馬は、米軍ジープや軍用車両の前方を通行したり、追い越すことを厳禁する。又、交差点付近で停止する場合は、必ず米軍の車両10フィート後方に下がって止まれ。違反者は射殺することあるべし。---連合軍最高司令官---」と言ったような何れも米軍の軍事行動に少しでも妨害したと見なされるようなささいな交通違反にまで極刑が科されていた。
(p.54)

そのほか最も象徴的な進駐軍の命令に報道管制のプレスコードの発動が挙げられる。…「連合国軍に対し破壊的なる批判を加へ又は同軍に対し不信若しくは怨恨を招来するが如き事項を掲載するべからず」と定められていた。(p.55)

連合国軍が7年近い日本占領期間中に、日本国内において主に米英軍将兵の不法行為によって、実に1万人にも達する多数の罪のない日本人が無残にも虫けらのように射殺されたり、また死亡には至らなかったものの身体に何らかの大きな傷害を受けたりしている。

連合国軍の日本占領期間中における不祥事件は、新聞やラジオなどのマスコミも米軍の厳重な報道規制や検閲を受けて、日本人にほとんど公表することが禁止されていた…。

昭和20年6月26日の早朝、名古屋市熱田区六野町にあった‥大同製鋼の男性職員が事務連絡で同所を訪れたところ、この工場に進駐したばかりの米軍黒人兵に、いきなり背後から頭部と腹部を自動小銃で撃たれて虫けらを殺すように無残にもその場で射殺された。この事件は、日本人の目撃者もあり犯人も分かっていたのに、実情を調査した米軍憲兵隊は、「米軍に該当する犯人(または容疑者)は存在しない」の一言で、うやむやにされてしまった。

またこの日の午後にも‥たまたま港区の港北運河を米軍が通過した際に、…食糧不足を補うため運河べりの草むらに身を潜めて魚釣りをしていた男性が軍用トラックの上から米兵に頭部を自動小銃で狙撃されて射殺された。
さらに同じ日の夕刻、…中川橋の上を上陸用戦車(舟艇)に乗って通過していた米兵が、家を空襲で焼かれ停泊中の艀で船上生活をしていた母子の二人を鳥でも狙うように撃ち殺して海中に転落させた。

それから数日経過した11月初旬の深夜には、名古屋市営路面電車の車庫になっていた港車庫構内の一番奥に停車していた修理中の電車の中で、一人の婦人が暴行された挙句に心臓をピストルで撃たれて全裸に近い姿で死んでいた。…犯行現場の車内には進駐軍の洋モク(米国製たばこ)の吸い殻や米国製ウイスキーの空きびんが散乱していた。…米第25師団兵士の中の不良分子の仕業による犯行であることは疑う余地もなかった。

特に米第25師団の本隊が名古屋に上陸してから10日間位経過した頃から、婦女子への暴行事件が続発するようになった。…ことに夜の一人歩きの女性や娼婦風の女性が基地内に連れ込まれて夜通し大勢の米兵に輪姦された挙句、朝方になって無残にも軍用ナイフで刺し殺されたり、また銃殺されたりした。その上、犯行を隠すために遺体は、基地の北側を流れている横運河に投げ捨てられていたこともあった。…運河の中から引き揚げられた遺体は、米軍の犯行と分かっていても大抵の場合は、「生活苦による入水自殺」として片づけられてしまった。(p.p.245-246)

ことに戦後の2、3年間は、名古屋港内をはじめ名古屋市内を流れる庄内川や中川運河などの河川で、若い女性の水死体がよく発見された。それらの遺体の大半は、詳しく検死したり、死亡解剖するまでもなく、一目して明らかに強姦された後に殺されて捨てられた事が歴然としている遺体も多かったのである。しかも、その犯人のほとんどが米軍兵士であった。死人に口なしの例えのように、日本の警察も米軍の犯行とわかって米憲兵隊に通報しても、返ってくる言葉はいつも決って判を押したように調査をしたが「米軍に該当する犯人(容疑者)は存在しない。恐らく〔生活苦による入水自殺〕と考えられる」の一言で簡単に処理されてしまったのである。文字通り、やりたい放題の治外法権であった。

昭和21年の五月上旬には、名古屋に短期間進駐した英連邦軍の印度兵に農夫が自動小銃で近距離から撃たれて重傷を負っている。また三菱航空機製作所大江工場では、昭和20年11月頃に約2000名以上の米軍兵士が進駐していたことがある。ここでは、日本人のコックや雑役労務者たちが大量に採用されていて、彼ら米兵たちの食堂や洗濯場で働いていた。米兵たちは、これらの日本人労務者の働きぶりが気にいらないと、すぐ殴る蹴るの暴行を加えていた。殴られた場所が急所であったような場合は、内臓破裂などの症状を起こして死亡する事件も発生した。

筆者の父(戦後、強制的に愛知県の通訳官をさせられていたが米軍の軍事異動命令を受けて昭和21年10月に神奈川県の通訳に転任になった)も、米第八軍横浜軍用図書館に勤務していた昭和26年9月に、勤務を終って単身赴任していた鶴見区生麦町の下宿に帰る途中の夜道で3人組の米軍兵士に集団で襲われた。殴る蹴るの暴行を受けて半殺しの状態になり、所持していた月給も全部奪われた。意識不明で倒れていた所を別の米兵に発見されて米軍の病院に収容された。しかし、この時、顔面と腹部に受けた強烈なパンチの傷害が原因で肋骨損傷、眼底出血と腸内出血の被害を受けた。そのため休職して名古屋に戻り治療に専念したが、病状は回復することなく次第に悪化し、ついに4カ月後の翌27年1月に他界してしまった。
…米陸軍長官宛にも協力要請の嘆願書を出してみたが、敗戦国民の訴えなんか無視されて、何の連絡もなくナシのつぶてであった。そのため父が入院していた米軍病院の証明書が提出できず、ついに一銭の補償金や見舞金も支給されず、文字通り殺され損となったまま今日に至っている。これが父の青春時代のすべてを費やして、明治から大正時代にかけて自由社会の米国に憧れ、はるばる太平洋を船で渡り皿洗い生活などを続けながら学資を稼いで十数年間も米国各地で留学生活をしていた国の軍隊行動であったのかと思うと強い憤りを感じた。しかも日本の敗戦で無理やり米軍に命令されて通訳官にさせられた父が、本業を捨てて微力ながらも自分自身では日米両国の懸け橋になるつもりで、懸命に努力を続けてきた甲斐もなく不慮の死を遂げてしまった。
(pp..247-248)

名古屋進駐当初の頃の米軍の軍用車両は、右側通行の習慣が抜け切らず道路の真ん中や右側を通行する車両も現れた。そのため市民はよく米軍の車両にはねられたり、ひき逃げされたりしたのである。しかもジープやトラックを運転していた進駐軍兵士が市民に人身事故を引き起こした場合は、そのほとんどが当て逃げやひき逃げ事件となって犯人は逃走した。米兵たちは、幼い子供が道路上で遊んでいる所をひき殺したり、田舎へ食料を買い出しに出掛けるため名古屋駅前を歩いていた2人連れの主婦たちを大型トラックで跳ね飛ばして死亡させても、何ら謝罪せずにそのまま走り去ってしまった。もちろん見舞金なども米軍は支払わなかった。文字通りやりたい放題の切り捨て御免であった。たとえひき逃げの犯行がばれても米軍兵士たちは日本人が米軍の進路を妨害したために起きた事件と報告すれば、ほとんどが不可抗力の事件として軍法会議でも無罪になってしまった。
(p.249)

このような進駐軍の犯罪を全国的に見た場合、やはり日本本土で最初の地上戦となった沖縄では、死亡事件を筆頭に各種凶悪犯罪事件が最も多く発生している。次いで関東、関西、東海地方の順に多発している。それに米軍は最後まで進駐軍の不法行為の実態を正確に公表しなかったので、その事件内容や件数も定かではなかった。しかし日本側の調査資料としては、全国調達庁職員労働組合が1958年の時点で実施した調査では、「占領期間中に犠牲となられたお気の毒な方の数を調べた所、全国で1万人から居られることが判明した」と公表している。

…これに対して日本の進駐軍被害者の遺族たちは、敗戦国の悲しさで日本人の人権は全く無視されて、何一つ進駐軍に抗議する事も許されず、ただ何事も黙って泣き寝入りするばかりであった。…ようやく昭和34年前後から日本各地で各県別単位の進駐軍被害者連盟を結成して機関紙も発行されるようになった。だが機関紙の紙面に掲載されている被害者や家族たちの悲しい手記を読んでも、依然として進駐軍の影におびえたり進駐軍を極端に意識していることが歴然としていた。なぜなら本当の感情をぶちまけた手記を書いたために、何時なんどきまた不都合な事態が発生して米英軍の報復のあることを憂慮して、心の底から米英軍兵士たちの犯罪行為を痛烈に批判したり、抗議したりすることを差し控えていたのが、余りにも哀れであり惨めであった。

また敗戦当時、日韓併合で日本国籍にあった在日韓国・朝鮮人たちの被害者には、同じような占領軍の迫害を受けたにもかかわらず、〔米軍に代わって遺族へ補償をさせられた]日本政府からは何らの連絡もなく補償もされなかった。
(p.p.251-252)

米英軍将兵が引き起こした数々の暴行事件や悪質な不法行為も戦後史の中に記述されておらず、すべて欠落している…これはその当時、政府機関をはじめ各地方公共機関が編纂した各種の行政年報や報告書等でも明確に実証されている。…進駐軍の厳しい言論の検閲を怖れた結果、占領軍の不法行為に関する実態の記述については、すべて‥自ら削除してしまったからである。(p.255)

占領軍は…昭和20年12月に米軍の占領政策を日本人や特に日本のマスコミが批判することを厳禁してしまったのである。
…特に米軍は進駐当初、人類史上最大の悲劇をもたらした広島、長崎の原子爆弾の被害に関する報道は、日本人の大きな憎しみと反感を買うのを恐れて、米軍が公表する場合を除いて絶対に記事にする事を禁止し厳重な報道規制を実施した。またB29の空襲で被害を受けた名古屋の詳細な人的被害の実態調査や報道も厳禁してしまった。そのため戦時中に190回あまり(米軍極秘統計報告書に拠る)にわたり爆撃された名古屋大空襲の正確な戦争被害は確認されないままになっている。
(p.259)

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昭和21年8月3日に岐阜県の陸軍各務原航空隊に進駐していた米第25師団第27連隊の下士官が、空襲で焼失した名古屋城に現われ、金鯱の鱗が溶けて固まった推定300グラム(米軍側の判断)の残骸を接収した…。米軍が押収した金鯱の数量は、秤で正確に計量することも許されなかった。実際には推定の300グラムよりも、はるかに多い2倍以上の分量の金塊であったようだ。当時、名古屋に駐留していた米極東第5空軍司令部内の将校たちの間では、押収された金鯱の溶解した残骸のすべては、小牧飛行場(現・名古屋空港)から直接アメリカ本国へ戦利品として空輸された話題でもちきりであった。

…このようにして各地から集められた日本の貴重な文化財の山は、普通の価値しかない昭和軍刀などと一緒にされて、名古屋港の埠頭桟橋倉庫に運び込まれた。ここで更に選定仕分けされて、上物と思われる逸品だけを米統合参謀本部や米国防総省へ戦利品として空輸されたり、また米軍の高級将校用の土産品として、入港してくる艦船で次々に米国へ送り届けられた。更にその他の普通の軍刀やサーベル、日章旗などは、下級兵士達が本国に帰還する際に、戦利品や記念品として大きな雑嚢袋に入れて持ち帰ってしまったのである。このように敗戦後の日本から持ち去られた貴重な文化財や美術品の中には、その後アメリカのボストン美術館やイギリスの大英博物館などの米英諸国に密かに持ち込まれた収蔵品もあり、その数は相当の量にのぼっていることは、美術専門家や学者の間で周知の事実となっている。しかもこれらの美術品の秘蔵については、今日ではご丁寧にも明治初年の神仏分離令によって起きた廃仏毀釈運動で、日本の庶民が二束三文の安値で手放したものを収集したというまことしやかな理由や説明までつけられている有様だ。
(p.p.134-135)

名古屋周辺地区では、戦災を免れたり野積みにされたままの軍需物資が未だ大量に残されていた。また田舎に工場を疎開したために、機械をはじめ原材料とも無傷のまま終戦を迎えた軍需工場も多数存在していた。

戦後米軍の指示により、これらの軍需工場や陸軍造兵廠等から没収された軍需物資の内訳は、ジュラルミン板、アルミのインゴット、鉄鋼、ゴム靴、合板、玄米、大麦、板ガラス、綿布、紡績機、各種工作機械、旋盤、軍用トラック、硫安、セメント、鉄道用レール等の多品種に及んでいた。その何れの物資も焼け野原と化した敗戦国の日本では、再建のため喉から手が出るほど欲しい必需品ばかりであった。だが米軍は無情にも、これらの物資を連合国の現物賠償物資に指定し、日本人の民需用に転換して平和利用することを一切禁止してしまったのである。ことに陸軍の熱田造兵廠には、武器弾薬の他に何故か大量の古米や大麦なども備蓄していた。言うまでもなく日本人の主食になっていた米や麦は武器ではないのに、すべて賠償物資として没収されてしまったのである。

このように名古屋を中心とした東海地方から米軍に強奪没収された大量の残存必需物資や文化財等は、名古屋港の中央埠頭桟橋へ続々と集められた。これらの物資の中で利用価値の高いものは、真っ先に米国に搬出された。また、その他の物資は、主に米国と作戦行動を共にして対日戦を戦ってきた中国、フィリピン、オーストラリアなどの各国へ現物賠償物資として毎日のように船積みされて海外に大流出したのである。

…それを国民の復興のための民需に再利用することができれば、あれほど戦後に市民が物資の不足で困窮しなくても自立し再建することができたはずである。
(p.p.135-136)

米軍は占領初期の頃の日本を密かに食糧攻めにして、容易に立ちあ上がれない様にしておく事を重要な占領政策にしていた…。そのため窮乏していた日本の主要食糧の米や麦は、昭和20年度産の米作が悪天候による不作を理由にして、米軍の厳しい指示により日本国民の主食の配給量を極限に近いところまで減らしたり欠配させていたのである。

師団長モラン(C.I.Mullins)少将
「連合国軍の日本占領を成功させる手段としては、先ず日本人の食糧不足を利用して、当面は食糧を封鎖して日本人の抵抗意識を防止することを第一目標にする。…次に…徐々に米国の余剰農産物を活用して無償援助または有償援助を実施して、日本人に恩義を感じさせる。それまでは、たとえ日本農業の米麦が増産されたとしても、配給量を絶対に増加する許可を日本政府に与えてはならない」(p.p.136-137)


また悪辣な米兵たちは、日本側の説明で命令事項が期日までに履行できないことが分かるとその延期を認める代償として暗に女(占領軍慰安婦)を無償提供したり、土産やプレゼントの賄賂を要求することも日常茶飯のように行われた。こんな狡猾な軍政が繰り返されるたびに進駐軍の絶大な権力に恐れをなした官公庁や商社の幹部は、ただ彼らの命令に言うなりに従うより仕方がなかった。それに味をしめた一部の米軍将兵は、ますますエスカレートして事あるたびに無理難題を押しつけるようになった。

ことに米極東第5空軍司令部の中堅クラス以上の一部の軍政将校の中には、暇さえあれば連日のように日本側の弱みにつけ込んで命令の履行状況や市民生活のあらゆる面に難癖をつけて、その見返りとしてパーティーを開かせたり芸妓を抱かせることを強要した。しかもそれだけでは物足らず、彼らは事あるたびに日本の美術工芸品や高級和服絹製品などを盛んに無償で調達するように命じた。
(p.191)

森良雄『日本刀受難記』

東京: 創栄出版 星雲社(発売); 1998.


占領軍の本土進駐以来、占領軍兵士による暴行略奪が各地で多発しました。九月七日の朝日新聞によれば、神奈川県下では米兵が横須賀に上陸した八月三十日から九月五日までのわずか七日間に、九百八十六件の事件が発生したことを日別・種類別に分けて伝えています。参考までに強盗まがいの事案について見てみますと、

…物品強奪      百四十三件

 自動車強奪     百二十八件…

 警官からの帯剣強奪 四十一件

 金銭強奪      三十七件

となっていて、占領軍司令部に事故防止を申し入れたところM・P(憲兵)を要所要所に配置して秩序維持を強化してくれた、と報じています。(p.p.113-114)

 

しかし、地方では、東京地区同様に保護指令が出されたはずですが、これが守られず、旧家や社寺の宝物とされていた刀剣類が占領軍兵士によって略奪されるという事件が発生しています。(p.116)


…日本近代郷土史研究所理事長の中西董氏には「米軍占領下の名古屋」と題した著書があります。…同所の第10章「戦利品や賠償物資の海外代流出」には刀剣接収時の模様が生々しく描かれています…。


米軍は名古屋進駐三日目にして…「資産階級の家庭には通訳を同伴してジープで直接乗り付けて家宅捜査を実施した…相次ぐ空襲で焼き出されて裸同然になり、ほとんど何も残っていなかった」名古屋を離れて、「戦災の被害が少なかった地方都市に目をつけ、関、大垣、米原、津、宇治山田、岐阜、高山、各務原、瀬戸方面まで足を伸ばして戦利品の宝探しを始め…先祖代々から伝わる…刀剣類を…一枚の受領証も交付せずに持ち去られてしまった。


…(米軍の)特捜隊は、戦時中に熱田神宮本殿の裏側に極秘で構築された堅牢な地下室の宝物収蔵庫を厳重に立入り捜査した。そして奉納されていた軍刀のすべてを没収した。その数は約百五十本余りもあり、米軍トラックに積み込まれ」さらに「ご神体である草薙剣をはじめ、その他の由緒ある古代刀なども武装解除の対象物件として強引に接収しようとした」…。


日本側は通訳(中西氏の父君)を介して日本の歴史や伝統を引用しつつ、草薙の剣は「日本人の文化と伝統のシンボルとなっている貴重な最高の歴史的文化遺産」であることを説明し、「もし米軍が三種の神器の一つである草薙剣を没収すれば、日本国民はもう黙ってはいない。恐らく日本各地でゲリラ戦や大暴動が発生し、再び日米双方でおびただしい数の死傷者が出る事は確実である」と主張します。結局神社側は「奉納された刀剣類の中から、金色の装飾がほどこされた大型の太刀を適当に選んで草薙剣のレプリカと偽って、唐織りで作られた豪華な雲龍模様の太刀袋に入れて米軍に提出」します。ところが、これを見た米軍兵士たちはますます本物を欲しがって「地下室まで入り込んで徹底的に捜査を実施した。その結果、むしろに包んで隠してあった年代物の刀剣類を見つけて、その中から宮司や通訳らが制止するのも聞き入れず、刀の柄や鞘の装飾が華麗に施された外人好みのする太刀ばかり、数本を選んで大量の軍刀と共に持ち去ってしまった。」

(p.p.116-118)


略奪であったにせよ、神宮の任意提出であったにせよ、神宮保有の刀剣が戦前に比べて激減していることは確かです。(p.119)

Thursday, June 12, 2025

木元寛明『気象と戦術』

 Kimoto, H. (2019). 気象と戦術 : 天候は勝敗を左右し、歴史を変える. SBクリエイティブ.

気象という名の「兵器」


「テロリストたちは、電磁波遠隔操作により気象を変更し、地震を誘発させ、火山を噴火させるという手段で、エコタイプのテロリズムにすら手をつけている」
 ――米国防長官ウィリアム・コ―ヘンの「テロリズム、大量破壊兵器、および合衆国の戦略」に関する会議での講演
  (1997年4月28日、ジョージア大学)


目的達成のための気象・自然の軍事利用
気象・自然を「兵器」として使用する

1967年から1972年まで、米空軍気象局は、地域一帯を水浸しにしてホーチミン・ルートを泥寧化し、人や物資の移動を妨げようとしました。そのため、3機の改造型WC-130輸送機からヨウ化銀などのフレアを散布して雲の種をまき、ラオスおよびカンボジアに人工雨を降らせる作戦を行っています。
(p.150)


気象、地震、火山をコントロールする?
あながち荒唐無稽ともいえない

欧米の多くの国は第2次大戦の終了直後から、気象を変更する(=操作する)技術の実験をスタートしています。…冒頭のコ―ヘン国防長官の発言のように、気象の変更、人為的な地震の誘発、火山の噴火などが兵器として使用されるという推論は、あながち荒唐無稽ともいえないようです。(p.155)

吉田敏浩 『横田空域』

Yoshida, T. (2019). 横田空域 : 日米合同委員会でつくられた空の壁 (Saihan). 株式会社Kadokawa.

 米軍の活動を規制できるドイツとイタリア


根本的な相違点として沖縄県の「他国地位協定調査中間報告書」があげるのは、ドイツもイタリアも、「自国の法律や規制を米軍にも適用させることで自国の主権を確立させ、米軍の活動をコントロールしている」点である。

…「横田空域」と「岩国空域」での航空管制を日本政府は米軍に「事実上、委任」している。国内法である航空法には、外国軍隊に航空管制を委任できる規定はない。…密約が国内法を超越していることになる。


Sunday, January 19, 2025

吉田敏浩 『「日米合同委員会」の研究』

 Yoshida, T. (2016). 「日米合同委員会」の研究 : 謎の権力構造の正体に迫る (Dai 1-han). 創元社.


日米合同委員会という、名前だけは知られていても、その実態は謎につつまれた、日本のエリート官僚と在日米軍の高級軍人からなる組織(日本側代表は外務省北米局長、アメリカ側代表は在日米軍司令部副司令官)。その組織が、何十年にもわたって隔週の木曜日ごとに都心の米軍施設や外務省の密室で、日米地位協定の解釈や運用について人知れず協議を重ね、米軍の特権を維持するために数知れぬ秘密の合意=密約を生みだしている。しかもそれらの密約は、日本国憲法にもとづく日本の国内法(憲法体系)を無視して、米軍に治外法権に等しい特権をあたえている。
たとえば「横田空域」という、首都圏を中心に一都九県の上空をすっぽりとおおう広大な空域があります。そこは日本の領空なのに、日本の飛行機が自由に飛べず、米軍が戦闘機の訓練飛行や輸送機の発着など独占的に使用しています。
…つまり事実上、日本の空の主権が米軍によって奪われている。しかもそのことに国内法上の根拠がない。日米地位協定にも法的根拠が明記されていない。そのような独立国としてあるまじき状態が、独立回復後、六〇年以上も続いているのです。(p.p.1-2)

…ほかにもあります。たとえば、米軍関係者(軍人・軍属・それらの家族)の犯罪で、「日本にとっていちじるしく重要な事件以外は裁判権を行使しない」という「裁判権放棄密約」や、米軍人・軍属の被疑者の身柄をできるかぎり日本側が拘束せず、米軍側に引き渡すという「身柄引き渡し密約」などです。
これらの密約は米軍関係者を特別扱いする甘い事件処理を生みだし、米軍関係者の犯罪の起訴率がきわめて低いという現実をもたらしています。そして、この程度なら罪に問われることはないという意識を米軍関係者の間にはびこらせ、後を絶たない米兵犯罪の温床になっているのです。(p.p.2-3)

こうした日米合同委員会の合意文書や議事録はすべて原則として非公開です。国民の代表である国会議員に対しても秘密にされ、主権者である国民・市民の目からも隠されています。ごく限られた高級官僚たちが在日米軍高官らと密室で取り決めた秘密の合意(密約)が、日本の国内法(憲法体系)を侵食し、日本の主権を侵害しているのです。合意がいったいいくつあるのかさえわかりません。日米合同委員会の文書・記録として処理すれば、すべては闇の中に封印できる仕掛けになっているのです。
…日米合同委員会では、協議といってもアメリカ側の米軍人が強硬に主張したことは、日本側の官僚たちによって、ほぼすべて受け入れられているのが実態…米軍上層部から見れば、日米合同委員会は日本における米軍の特権を維持するためのリモコン装置のようなものといっていいでしょう。(p.4)


米軍が日米合同委員会の密室協議の仕組みを利用して、事実上の治外法権・特権を日本政府に認めさせるという一種の「権力構造」がつくられ、今日まで続いている。(p. 286)

Thursday, November 14, 2024

佐渡龍己 『テロリズムとは何か』

 佐渡, 龍己, & Sado, R. (2000). テロリズムとは何か. 文藝春秋.

正規戦とテロリズムの違い

テロリズムは自己の力が弱いため、交戦という物質的強力行為ではなく、恐怖という精神的強力行為を手段として、直接、政策決定者あるいは他の強力な力(民衆、第三国、国際世論)を利用して、自分たちの意志を強要することを目的とする。(p.87)

Tuesday, October 15, 2024

佐渡龍己 『対テロリズム戦略』

 佐渡, 龍己, & Sado, R. (2005). 対テロリズム戦略 : バグダッドでの実戦体験. かや書房.


テロリストが攻撃しようとするのは、銃、砲、戦車などの物質ではなく、人の心である。テロリストは、人々に恐怖を与えることにより、社会の秩序を破壊し、事態の鍵を握る人物の心に直接あるいは間接的に影響を与えようとする。このための手段は、必ずしも物理的暴力を使用する必要はなく、精神的暴力を手段とする。(p.40)


テロリズムの分析基本モデル

①テロリズムの基本モデル1

A(いわゆるテロリスト)が、ある事項に非常な恐怖感を抱く。その原因となるB(為政者)を脅す。Bは追い払われるか、またはその事項をやめる。この方式に相当するテロリズムが、フランス革命のテロリズムである。…

②テロリズムの基本モデル2

Aが、ある事項に非常な恐怖感を抱く。その原因となっているのはBであるがBを直接的に脅すのではなく、C(民衆)を脅し(恐怖を与える)その民衆をしてBにその事項をやめさせる。


テロリズムの分析応用モデル

①応用モデル2-2

基本モデル2のC(民衆)の要素に換えて、国際世論に働きかけるテロリズムがある。

②応用モデル2-3

Cの民衆の要素に換えて、第三国に置き換えた場合が、パレスチナ解放人民戦線(PFLP)およびトゥバクアマル革命(MRTA)のテロリズムである。この場合攻撃目標は第三国の市民となる。期待する効果は第三国の圧力である。…第三国の外国人を人質にして、第三国の圧力で敵に対して彼らの要求を強要している。

③応用モデル3

AがBを攻撃し、Bに過剰な報復をさせる。さらに支配者側が理性を失い、民衆を殺害させるように工作する。この双方の結果を大きく世界へ宣伝し国際世論へ訴える。国際世論に訴えてその国際世論の圧力でBである政府あるいは支配者を追い払うあるいはある政策をやめさせる。(p.p.44-49)


今回の米中枢同時テロにおいて、果たして米国は一方的な被害者であろうか、と問い直してみる必要がある。正義は米国側にあり、米国にはまったく罪はないのであろうか。すべての悪はテロリスト側にあるのであろうか。

…具体的には次の四つの事項がイスラムの人々を苦しめてきた。一つは米国のイスラエル支援である。この結果、イスラエルとパレスチナとの戦争および紛争によって多くのパレスチナ人が家を追われ、殺害された。二つめは、米軍の聖地サウジアラビア駐留である。三つめは湾岸戦争におけるイラク市民の殺害、四つめは米国側に都合の良いように他国政権を操作する米国の政策である。・・・米国は直接的には意図しなかったが、結果的にはイスラエルの人々を苦しめ、間接的に殺害した。すなわち最初に殺人を犯していたのは米国となる。これに対してイスラム過激派テロリストは米国に対して復讐を企てた。その実行が米中枢同時テロである。

…この視点に立つと、米国は、まったくの被害者ではなく加害者でもある、という見方が成り立つ。・・・他方、一般的にいわれるイスラム過激派テロリストが完全なる犯罪者であるという批判は必ずしも当を得ているとはいえない。これは一種の仇討ちという見方が成り立つ。(p.p.176-177)


佐渡龍己『対テロリズム戦略』

Thursday, September 5, 2024

Tennessee lawmakers give final approval to 'chemtrails' bill

Melissa Brown
Nashville Tennessean
Apr. 1, 2024

Tennessee legislation banning the intentional release of chemicals into the air is headed to Gov. Bill Lee's desk to be signed into law.

The bill has been criticized as codifying a ban on "chem trails," a widely debunked conspiracy theory that the federal government is spreading chemicals for nefarious reasons, though House sponsor Rep. Monty Fritts, R-Kingston, said he brought the bill due to ongoing weather and climate control practices.

HB 2063/SB 2691, which House Republicans gave final passage to Monday, bans the "intentional injection, release, or dispersion" of chemicals within Tennessee "with the express purpose of affecting temperature, weather, or the intensity of the sunlight is prohibited."


Wednesday, September 4, 2024

伊藤祐靖 『自衛隊失格』

  Itō Sukeyasu, & Itō, S. (2021). 自衛隊失格 : 私が「特殊部隊」を去った理由. 新潮社.

拉致船との遭遇

確認すると「第二大和丸」と書いてあり、早朝にP3Cから[偽装工作船であるとの〕連絡が来た船名だった。そして完全に回り込み、漁船の真後ろについて船尾を見ると、漁船の船尾に縦の線が入っていた。

それは船尾が観音開きで開く構造になっていることを示している。そこから小舟(工作船)を出せるということである。

これこそが日本人を拉致し、北朝鮮に連れ去っていった「拉致船」なのだ。

…海上保安庁と連絡がつき、新潟から高速巡視船が追ってくることになった。それまでの間は写真撮影をしたり、船体の特徴を報告したりしつつ、工作母船の位置情報も送っていた。

(p.203)


帰投する巡視船

日没直前の18時頃になってようやく、巡視船が追いついてきた。 相手は拉致船、北朝鮮の高度な軍事訓練を受けた工作員が多数乗っている。密輸や密漁をしている船とはレベルの違う抵抗をすることは目に見えているのに、いつも通りに海上保安官たちは飛び移ろうとしていた。そしてまさに飛び移ろうとした瞬間、それまで12ノット(時速20キロ)程度の航行だった工作母船は大量の黒煙を吹き出しながら増速し、最終的には34ノット(時速60キロ)まで上げた。

…「みょうこう」にとっては、まだ余裕のあるスピードだったが、巡視船の方は工作母船に少しずつ離されていった。しばらくすると、巡視船から無線連絡が入った。

「護衛艦みょうこう、こちらは巡視船○○○。ただ今から威嚇射撃を行います」

すると、「パラパラパラ」と、上空に向かって小さな口径の弾をばらまく射撃が行われた。

これは試射で、今から本射が始まり、工作母船の船体付近に威嚇射撃を開始するのだと私は思っていた。だが、いつまで経っても本射は開始されず、巡視船は再び「みょうこう」を無線で呼び出してきた。

「護衛艦みょうこう、こちらは巡視船○○○です。威嚇射撃終了」

えっ、あの上に向かって撃ったのが威嚇射撃? 『天才バカボン』のおまわりさんじゃあるまいし、あれが威嚇のつもりだったのか? さらに無線連絡が入ってきた。

「本船、新潟に帰投する燃料に不安があるため、これにて新潟に帰投します。ご協力ありがとうございました。」

…航空機ならまだしも、燃料がなくなったところで沈むわけではないのに、日本人が連れ去られている真っ最中の可能性が高いというのに、その工作船に背を向けて帰投するというのだ。…そうして本当に、巡視船は進路を南に向けて帰投してしまった。

(p,p.205-207)

海上警備行動の発令

突然、けたたましいアラームが鳴り出した。「カーン、カーン、カーン、カーン」 アラームは、全乗員を戦闘配置につけるためのものである。再び副長の声が響いた。

「海上警備行動が発令された。総員、戦闘配置につけ。準備でき次第、警告射撃を行う。射撃関係員集合、CIC(戦闘行動をコントロールする中枢部)、立入検査隊員集合、食堂」

(p.209)


突然止まった工作母船

艦長は、目をカッと見開くと、押し殺したような低い声で戦闘号令を発した。「戦闘、右砲戦! 同航のエコー〈E〉目標!」(このときは工作船をEと呼んだ) いよいよ訓練ではない射撃が開始されてしまった。

…初弾は依然として34ノットで進む工作母船の後方200メートルに着弾させたが、工作母船に減速する兆候はまったく見られなかった。前方200、後方100、前方100と弾着点を工作母船に近づけていった。工作母船を木っ端みじんにしてしまうギリギリの距離まで弾着点を近づけて、何十発も警告射撃を行った。だが、工作母船は減速の兆候をまったく見せなかった。

…それは本当にギリギリで、ちょっとでもどこかにミスがあれば、乗っているかもしれない拉致された日本人ごと木っ端みじんにしてしまうからである。その思いが通じたはずは絶対にないが、工作母船は突然、停止した。

(p.210-211)

総員戦闘配置につけ

もともと海軍の仕事は船の沈め合いがすべてだったが、90年代から武器による抵抗が予想される船舶に乗り込んで、積み荷の検査をしようという考えが世界的に広まり始めた。海上自衛隊もその流れに乗る形で研究を開始し、各艦にその資料を配付し始めた時期だった。だからまだ、艦内には防弾チョッキさえも配備されていなかった。訓練さえもできる状況ではなかったのである。それなのにいきなり北朝鮮の工作母船に乗り込め、というのだ。

…「海上警備行動が発令された。総員戦闘配置につけ」という副長の艦内放送の声で、立入検査隊員たちは食堂に集まってはいた。

(p.p.212-213)


命令が間違っているという確信

…10分前とは、まったく別人になっていた。悲壮感のかけらもなく、清々しく、自信に満ちて、どこか余裕さえ感じさせる。私は、彼らに見とれてしまっていた。半世紀以上前に特攻隊で飛び立って行った先輩たちも、きっとこの表情で行ったに違いない。

…「これが覚悟というものなのか」と納得しつつも、心の奥底では気づいていた。この表情は覚悟だけではないのだ。“わたくし”というものを捨て切った者だけができる表情なのだ。彼らは、短い時間のうちに出撃を覚悟し、抱いていた希望や夢をあきらめた。そして、最後の最後に残った彼らの願いは、公への奉仕だった。それは育った環境や教育によるものではなく、ごく自然に、自らを滅することに意義を感じ、奉仕を全うしようとする清々しい姿勢だ。

だから、そんな彼らを“わたくし”のためにばかり生きているように見える政治家なんぞの命令で行かせたくないと思った。

(p.216)


忘れられない3つのこと

一つ目は、燃料に不安があるからと、海上保安庁の巡視船が日本人を連れ去っている真っ最中かもしれない工作母船に背を向けて帰投してしまったことである。[...]

二つ目は、[停船した工作母船へ]「立入検査」の命令が出たことと、それがそのまま末端の隊員に伝わったことである。…私は、任務が絶対達成できないことも立入検査隊員が全員死亡することもわかっていた。…[主に幹部用である]拳銃を触ったこともない者が、夜間、自爆装置がセットされている北朝鮮の工作母船に乗り込んで、北朝鮮の工作員と銃撃戦の末に日本人を救出してくることは絶対に不可能で、彼らが全滅することも確実だった。

それは、私が「みょうこう」航海長で、教育訓練係士官として乗組員の練度をよくわかっていたからではなく、海上自衛隊の艦艇乗りなら誰でも知っていたことである。

ということは、「立入検査を実施させる」という政治決定がなされる時に、現職の海上自衛官に任務達成の見積もりと生還の可能性を確認せずに決定がなされるはずがないので、現状を知っていながら可能だと言った海上自衛官がいるか、不可能という現状を理解したうえで実施させるという政治決断がなされたのか、そのどちらかなのである――。

(p.p.220-222)

愚直なまでに命令に従う

あの命令が間違っていたとか、取り消すように動くべきだったということではなく、いったいなぜ任務を達成できず、全滅するとわかっているのに彼らを行かすと決めたのか。その理由を確認して、彼らに伝えるべきだった。そんな当たり前のことをせずに命令に愚直に従おう、従わせようとしたのである。これは、私が一生恥じていかなければならないことだ。

そして、決して忘れられない三つ目は、それでも彼らは工作母船に乗りこもうとしたことである。(p.223)


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20歳前後ですでに「中年自衛官」

中年以降の典型的な自衛官とは、目指していると思っていることと、実際に目指していることの間に大きなギャップがある人のこと、加えて、それに気づいているのか、気づいていないのか微妙な人たちを指す。

例えば、自衛隊員が射撃訓練をする時の目的は、射撃制度の向上である。しかし自衛隊ではいつの間にか、怪我人を出さないとか、薬莢を紛失しないとか、時間内に終了させるとかいった方を重要視してしまう。それらも大切なことではあるが、問題なのはそのせいで射撃制度の向上がないがしろになってしまうことだ。

気づいているか微妙というのは、当初はそのことに気づいていながら気づいていないふりをしているうちに、本当に気づかなくなってしまうからである。若いうちは入隊時の志や思い入れがあるため、有事を想定した能力の向上に努めようとする。が、年月を積むにつれ、徐々に組織が抱える矛盾や本来の目的に背を向け、安定した日常の維持を優先するようになる。見て見ぬふりをし続けると、本当に見ることができなくなってしまう。

(p.p.165-166)

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若者は成長する。防大生は磨けば光る。光らないのは大人のせいだ。我々指導官の教えざる罪だ。

(p.176)

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[防衛大] 離任の辞

我々の職業は究極のボランティアだ。知らない奴のために自分が死ななきゃならない。人を殺さなきゃならない。敵ばかりじゃない。部下も殺さなきゃならない。「ガタガタ言わずに死んでこい」と言わなきゃならない時もある。しかも、ボランティアである以上見返りも求めてはいけない。「国民に感謝されたい」などと、せこいこと考えちゃいけねえよ。どう思われたっていいじゃないか、その人達のためになるなら。

ところで軍人らしさってなんだ。‥‥任務達成のためにすべてのことをあきらめることが軍人らしさだ。…何の見返りもなく、任務達成を目指す。これが軍人らしさだ。

(p.188)

Sunday, June 16, 2024

SILENT WEAPONS: EXAMINING FOREIGN ANOMALOUS HEALTH INCIDENTS TARGETING AMERICANS IN THE HOMELAND

[沈黙の凶器:アメリカの国民を標的にした国外勢力による特異な健康被害事例に関する調査]

Homeland Security Committee | Republican

U.S. House of Representatives

H2-176 Ford House Office Building

Washington, DC 20515




What: A Subcommittee on Counterterrorism, Law Enforcement, and Intelligence hearing entitled, “Silent Weapons: Examining Foreign Anomalous Health Incidents Targeting Americans in the Homeland and Abroad.”

When: Wednesday, May 8, 2024, at 2:00 PM ET

Where: 310 Cannon House Office Building

 https://homeland.house.gov/hearing/silent-weapons-examining-foreign-anomalous-health-incidents-targeting-americans-in-the-homeland/

Thursday, June 8, 2023

青山透子『日航123便墜落事件 JAL裁判』

 青山透子. Jal裁判 : 日航123便墜落事件. Tōkyō: 河出書房新社; 2022.

一九八五年八月一二日に墜落した日航123便のボイスレコーダーとフライトレコーダーは、八月一四日に墜落現場の群馬県上野村御巣鷹の尾根山腹斜面下五〇〇メートルの沢で発見された。そしてその日の深夜、午前零時半に設置された運輸省(当時)事故調査委員会事務局で保管された。当日の記者会見において、再生装置や特殊電源が必要であるため、解析開始は一六日以降になると発表された。ところが未解析であるにもかかわらず、『毎日新聞』(一六日付)が後部圧力隔壁破壊説という飛ばし記事を出した。その直後にボーイング社はそれを否定し、日本航空も社内で独自にコンピュータによる解析を行った。その結果を受けて一九日に河野宏明整備部長が科学的根拠に基づき、「何らかの外力で垂直尾翼が折れ、それに伴い隔壁が傷ついた可能性」を記者会見で発表した。この時すでに、後に発表された事故調査報告書の付録研究資料に書かれている「異常外力の着力点」の存在を日本航空が示唆していたことになる。


 ところが、日本航空が外的要因の可能性を発表した翌日、運輸省の大島航空局技術部長が、圧力隔壁に重大な絡みがあると、何の根拠もないまま発言している。まだボイスレコーダーやフライトレコーダーが解析途中であり、この発言には政府側がもっていきたい方向性が表れている。しかしこれも次の日、現場で実際に出向いて調査を行っている事故調査委員の「隔壁に大きな穴はなかった」という発言で否定されている。いずれも各社新聞報道に明確に書かれている。(p.p.76-77)


現物のボイスレコーダーに基づいて作成されたはずの事故調査報告書では、聴き取り不能という理由で意味不明の箇所が随所にあり、果たして聴き取りにくいほどの雑音が入っているのか、または航空自衛隊が分析と称して、後から加えた雑音なのではないだろうか、という疑念が存在する。なぜならばいくら損傷が激しいといっても、その心臓部にある録音テープは、耐熱や耐衝撃構造のカプセルに収納されており、1100度の温度で三〇分間、1000Gの衝撃に0.011秒耐え、海水、ジェット燃料の中に48時間おかれたとしても浸らないのである。従って、過去様々な航空機事故のボイスレコーダーは、日航123便よりも苛酷な状況下にあったものも多数あったが、それでも突然会話の途中に雑音が入ることはなく、日航123便のボイスレコーダーだけが雑音が多いというのはそもそも不自然である。操縦士たちの会話の背景音も一定のままずっと継続した音が録音されているのが通常だ。

 ...特に、当該飛行機を操縦していた自衛隊出身の高浜機長の会話に、全体の流れから考えても不明な部分が多く見られる。不都合な部分を雑音で聴き取れないよう意図的に作成したものを公表して、世間に知られたくない会話を隠していると言われても仕方がない。


日航123便墜落事件以降は、[日本航空幹部候補生の新入社員教育として]この自衛隊への入隊研修が突然行われなくなった、という。...驚くべきことに毎年続いてきたこの訓練がなくなったきっかけが、日航123便であるというのだ。

 その時の新入社員の教育担当者から出た言葉は、きくところによれば「日航123便墜落は自衛隊がやったのである。だから今後、自衛隊体験教育は行わない」という衝撃の事実であったそうだ。

(p.80)


結局のところボーイング社の売り上げは、1985年に過去最高となって、最高益を上げた、...『日本経済新聞』には、大量の死者が出ても最高益、という皮肉な見出しの記事が掲載された。一方、日本航空は、一時的に株価が暴落したが、政府が所有する株式放出と民営化の思惑によって、こちらも株価が1985年度末に最高値となっている。(p.84)

それにしても、どこに修理ミスを犯した会社の軍用機や民間機を大量に購入する国があるだろうか。しかも、日本政府は、ANAにまでボーイング社を購入するように働きかけた。

(p.83)

Wednesday, May 24, 2023

青山透子『日航123便 墜落の波紋』

 青山透子 author. 日航123便墜落の波紋 : そして法廷へ. Tōkyō: 河出書房新社; 2019.

[英国での会議で]私が指摘した主な疑問点は次の通りである。

1. 検死担当医師が示した客観的所見によれば、遺体が二度焼かれているということ

2. 炭化状態が著しい遺体が三分の一ほどあり、通常では考えられないほど骨の芯まで焼かれていること

3.目撃情報が書かれていない事故調査報告書の内容と実際の目撃者の目撃情報に整合性がないこと

   [...]

4.  目撃者が多数いるファントム2機をいち早く墜落前に飛ばし、日が沈む前のまだ十分明るいうちに墜落場所まで日航機と一緒に飛行していたこと、墜落まで見届けて場所を特定した自衛隊はお手柄であって、何らそのファントム機を墜落前に飛ばしたことを隠す必要がない。… (p.75)



当時の事故調査委員長(武田峻氏)は、十名の遺族に海底捜査を早急に行うように詰め寄られた際に、

「あのですね、お金がないというせいではないのですよ。お金の問題じゃない。海底から事故調査結果と違うものが引き上げられたら困るからですよ」と叫んで、居直ったそうだ。そのことを当時のその場にいた遺族から伺ったのである。事故調査委員長のその一言があまりに想定外であったので皆が唖然として凍りついてしまったという。

(p.p.78-79)



遺族の吉備素子氏(『墜落の新事実』第二章参照)に詳細なインタビューを行った時、

①なぜ、日本航空社長(高木養根氏)は自分と面談した際に「(首相官邸に行けば)殺される」と極度に恐れて動揺していたのか。

②なぜ、事故原因を追究すると米国と戦争になると河村一男氏(群馬県警日航機事故対策本部長〔当時〕)が言ったのか。

③なぜ、その河村氏が県警を辞職して大阪で再就職をし、時折電話をかけてきて、自分を見張っているような口ぶりで自己原因を追究しないよう圧力をかけてきたのか。

最低でもこの三点が彼女の疑問であった。  (p.p.108-109)



御巣鷹山域の通称一本から松に第4エンジンがひっかかり、最後はそれが原因で墜落した、というのが群馬県警の現場検証の結論だが、このから松の存在は米国の調査資料には一切出てこない上、現場検証の結果も書かれていない。

…樹齢二百年と言っても、その根本ではなく、先の細くなっている上の部分に激突というのである。ちなみに、ジャンボジェットのエンジン一基の大きさは全長4メートル、直径3メートル、重さ7トン(普通乗用車七台分)だが、この貧弱な木にひっかかったぐらいで、これほどまでにエンジン側が木端微塵にバラバラになるのか大きな疑問が残る。

この件について工学関係や力学関係の研究者に見せたとき、群馬県警発表のから松の写真を見て大笑いされた。木の側が折れているのだから、力学的にも木のほうが簡単に負けているわけである。頑丈な鉄塔ならばまだしも、木の上部に接触したぐらいで、巨大なエンジンが細切れに跡形もなく、バラバラになる理由が、逆にわからない、とのことだった。当然のことながら、その直後の墜落時に巨大な岩に激突した場所から、他の三つのエンジンはある程度の形をとどめたまま発見されているのである。

事故調査報告書でも、第4エンジンのバラバラ事件について辻褄の合う説明は全くなされていない。

英国でお会いした航空機事故調査の専門家のD氏の言葉が浮かんでくる。

「なんとでも書くのですよ、相手側はね」。本当にそうである。 (p.p.134-136)



…目撃者の証言どおり、2機のファントム機を見た時間を時系列に沿って並べてみると…

18:35 静岡県藤枝市上空 日航123便を追いかけて山の稜線ギリギリの超低空飛行

18:40 群馬県吾妻郡東村上空(群馬県北西部)ファントム2機を自衛隊員が目撃

18:45〜54頃 群馬県上野村の住民、子供たちが日航機とファントム2機を目撃。数分後に2機のファントムが埼玉方面へ向かったのを目撃  


…上野村では赤い飛行機(赤い物体)が目撃されており、赤い閃光や爆音、雷のような音など、多数の爆音と轟音が聞かれている。

現場状況からも、木端微塵の状態になった第4エンジンが、なんらかの武器によって破壊された形跡があるという疑問はぬぐえないのである。 (p.p.140-142)


Monday, April 10, 2023

紺野大地:池谷裕二 『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか』

紺野大地 池谷裕二 紺野大地 1991- & 池谷裕二 池谷裕二. (2021). 脳と人工知能をつないだら 人間の能力はどこまで拡張できるのか : 脳ai融合の最前線. 講談社.

「念じる」だけでロボットをあやつる

50年以上前に始まったBMI (Brain Machine Interface)の研究は、まずマウスやラットから始まり、徐々にサルへと進んでいきました。その後、安全性に十分に配慮しながら着実に研究は進んでおり、2012年の時点では人間の患者さんにおいて、念じるだけでロボットアームを動かし、ペットボトルの水を飲むことに成功しています。
最近では車椅子やロボットをあやつるだけでなく、考えていることを直接文章にしたり、他の人が見ている夢の内容を見たりすることもできるようになってきています。(p.p.43-45)

患者に短文を音読させ、その間の脳活動を記録するという一連の流れを繰り返すことで、人工知能は「こういうことを話しているときには、脳はこういった活動をする」という関係性を学習していきます。人工知能がこの対応づけをきちんと学習することができれば、その人工知能を逆方向に用いることで、その人の脳活動から文章を予測することができるようになります。
…そしてこの研究がさらにすごいのは、「文章を音読せずに頭の中で思い浮かべるだけで、その文章を予測できるようになった」という点です。これが可能になったのは「文章を音読しているとき」と「文章を声には出さずに思い浮かべているとき」の脳の活動が似ているからです。
最終的にこの研究では、「頭の中で考えていることを文章に翻訳する精度」が最大で97%に到達したと主張しています!(p.p.69-70)

先ほどの「考えていることを文章に翻訳する人工知能」のときと同じように、「こういう夢を見ているときにはこういう脳活動をしている」という関係をひたすら蓄積することで、人工知能は脳活動と夢との関係性を学習していきます。
人工知能が一度この対応づけを学習してしまえば、今度は逆に「脳がこういう活動をしているということは、この人はこういう夢を見ているはずだということが予測できるというわけです。
…この研究を行なった神谷先生らのチームは、最近は「頭の中にあるイメージをそのまま画像にする人工知能」を開発中です。(p.p.75-77)

Monday, April 18, 2022

母里啓子『もうワクチンはやめなさい』

 Mori, K. (2017). Mo wakuchin wa yamenasai: Yobo sesshu o utsu mae ni shitte okitai sanjusan no shinjitsu. Futabasha.

2011年3月、ヒブワクチンと肺炎球菌ワクチンの同時接種後に亡くなった乳幼児のことが次々にニュースとなりました。…ワクチン接種後に亡くなる例が一定程度あるなら、それはあきらかにワクチンによる被害でしょう。

しかし厚労省は、予防接種との因果関係を認めないまま、両ワクチンをたった1ヵ月もたたないうちに接種再開しました。死亡した赤ちゃんのニュースなどなかったかのように、その後2013年から定期接種となり、両ワクチンはすべての0歳児に推奨されるものとなったのです。

…けれど、ニュースにならないだけです。今も、予防接種後に赤ちゃんが次々に亡くなっています。実際には、騒ぎにならないのがおかしいほど、ワクチン接種後に亡くなる赤ちゃんが増えているのです。…厚労省は隠してはいません。けれど、マスコミはこのことを話題にしません。(p.p.3-5)

Friday, July 3, 2020

内海聡『99%の人が知らないこの世界の秘密』

Utsumi, S. (2014). Kyujukyupasento no hito ga shiranai kono sekai no himitsu: Karera ni damasareruna. Isutopuresu. 

恐怖の飛行機雲「ケムトレイル」

ケムトレイルとは、簡単にいえば「毒をふくんだ飛行機雲」である。さまざまなウイルスや有害物質を人工繊維の中にふくませ、それを上空から散布しているのだ。…一躍、時の人となった元CIA(米中央情報局)局員、エドワード・スノーデン氏もケムトレイルについて言及している。
ケムトレイルには、以下の物質がふくまれているとされる。


・突然変異を起こした三〇〇種類のカビ
・乾燥させた赤血球
・二六種類の金属(バリウム、アルミニウム、ウランなど)
・さまざまな病原菌や化学物質
・鎮静剤などの薬
・カチオン性ポリマー繊維
・繊維に閉じ込められた小さな寄生虫の卵
・地球外バクテリア


ケムトレイルは、先進国の政府、軍、製薬企業の共同プロジェクトだ。…本当の目的は、政府は人口削減、軍は生物兵器と気象操作の実験、製薬企業は人々を病気にして薬を売ることである。

…ケムトレイルの被害が最も深刻なのは米国だが、この国ではケムトレイルが原因とみられる奇病が流行している。それが「モルジェロンズ病」だ。すでに六万世帯で被害が発生しているという。…すでに米国では有志団体による告発が始まっている。(p.p.113-116)

こんな「最新兵器」がすでに使われている

もっと恐ろしい話もある。ケムトレイルの中に「バイオAPI」(ナノロボット)という最新ナノ兵器を混ぜ込もうというのだ。
…こうした技術の大半は軍事技術からきている。開発しているのは、米国防総省の研究部門である「DARPA(ダーパ)」(国防高等研究局)だ。

…彼らは脳を模した新しい「チップ」の開発も手がけているし、マッハ四〇(四ではない)の飛行機の研究も手がけているし、高速ステルス機の研究も手がけてるし、脳内チップなどを使った「疑似テレパシー」技術(メッシュネットワーク)についても研究しているし、四足歩行ロボットについても研究している。「透明ディスプレイ」もすでに開発されており、まさに映画『ミッション・インポッシブル』の世界が現実になっている。
これらはすべて米国で暴露されていることであり、ウソでも誇張でもなんでもない事実だ。


あなたがたの使っているスマートフォンは、そんな軍事技術の時代遅れの産物だ。インターネットも同様である。(p.p.117-118)

Tuesday, April 21, 2020

Moreno, 『操作される脳: Mind Wars』

Moreno, J. D., Kubota, K., & Nishio, K. (2008). Sōsa sareru nō: Maindo uōzu. Tōkyō: Asukīmediawākusu. 
(The original title: Jonathan D. Moreno, Ph.D., "Mind Wars - Brain Research and National Defense")

臭気兵器の設計者は長らく糞便の臭いに心を奪われていたようである。一九九八年の軍の文献によれば、第二次世界大戦の際の発想は、ドイツ占領軍にこっそり「フー・ミー(Who Me)」という化学薬品をなすりつけて、「物笑いの種」にしてやろうというものだった。(p.296)

二〇〇一年六月、テキサスの、元海軍中佐が代表となっている企業と海軍研究所の科学者とが、糞便の臭いの元となる化合物に対する特許を取得し、「不愉快な嗅覚刺激を用いて、人間の行動をコントロールしたり変更させたりするという手法は、現代の戦争において魅力的な発想である」と述べている。エッジウッドでも「米国政府基準トイレ臭気(U.S. Government Standard Bathroom Odor)」を用いた同様の研究が行われている。(p.298)


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ばい菌を戦争に利用しようという発想は(城壁から感染した馬の死骸を投げ込むといった雑な形ではあったが)古代から存在していた。現代的な微生物学は、単に経験に頼るのではなく「合理的」な方法で病原体を選択、さらにいは設計することまで可能にしている。…アメリカ、イギリス、カナダは共同で攻撃用の秘密生物兵器プログラムを立ち上げたが、これには米国陸軍化学戦サービス(Army Chemical Warfare Service)が関係していた。
(p.325)


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一九七二年に、アメリカは生物兵器に関する国際条約、生物毒素兵器禁止条約(Biological and Toxin Weapons Convention/BTWC)を批准した。この条約は平和的および防衛目的の研究以外は許されない、と明言するものである。ソビエト連邦も批准国となったが、アメリカが生物兵器プログラムを終了させたことを信じようとしなかった。その疑念のもと、ソビエトは大がかりな最高機密システムを構築した。これはバイオプレパラートと呼ばれ、民間の皮をかぶって少なくとも一九九二年までは活動していた。
…一九七九年には、スヴェルドロフスクの生物兵器工場から炭疽菌が漏出する事故が起こったのである。正確な死亡者数は知られていないが、見積もりは六六人(ソビエト当局の発表数)から一〇〇人以上まで様々である。
(p.p.325-327)


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アメリカ科学者連盟(Federation of American Scientists/FAS)の生物兵器の専門家であるバーバラ・ハッチ・ローゼンバーグが『ディスアーマメント・ディプロマシー(軍縮外交)』という機関紙に書いた論文によれば、生物毒素兵器禁止条約が一九七五年に発行してから一五~二〇年間というもの、国防総省が行うプログラム自体が機密扱いにされることはなかったものの、「アメリカ軍の欠陥や脆弱性、あるいは技術の飛躍的な発展」を明らかにするような研究結果については機密にされていた。

その後、おそらく湾岸戦争とソビエトのバイオプレパラートの発覚とが原因なのだろうが、国防総省は方針を変えたように見える。9・11のちょうど一週間前、『ニューヨーク・タイムズ』は、機密扱いされていた三つの生物兵器防衛プロジェクトについて報道し、条約を都合のいいように解釈していると指摘した。三つのうち、一つはワクチンに耐性を示す炭疽菌の作出だったが、ソビエトがそのような炭疽菌を生産したと考えられていて、それに対する防衛方法を見いだすためというのが大義名分だった [注182] 。アメリカと西側同盟諸国はこの暴露に動揺を示したが、9・11の攻撃が起こったために、沈黙に転じた。(p.339)


[注182]…ニューヨークタイムズがすっぱ抜いたプロジェクトについてアメリカ政府官僚は防衛目的だと主張したが、細菌工場で炭疽菌を大量に培養し、細菌爆弾のモデルを炸裂するなど、兵器開発そのものと言える点があった。

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ウイルスのような生物兵器は三つの要素が関係する。まずペイロード、つまりウイルスの遺伝情報、次にウイルス外皮など送達システムに関わるもの[注183]、さらに、人体の器官系など標的とされるものであり…いずれも、遺伝子工学で病原体を加工することによって操作し得る。たとえば、ウイルスか細菌の病原体に、外来、あるいは合成した遺伝子を挿入すれば、野生株が本来もたない性質を加えることができる。うまくいけば、脳や神経系を標的にした新型神経兵器の開発が可能なのだ。



[注183]ウイルス兵器は人体の細胞内に侵入することによって効果を発揮する。細胞内に侵入する際、ウイルスは、対象となる細胞表面の受容体など、特定のタンパク質に結合するが、ウイルス側に細胞表面のタンパク質が存在していなければ結合できず、侵入もできない。人体を構成する細胞は、種類によってそれぞれ特定のタンパク質が細胞膜に発現している。ある特定の細胞にウイルスを感染させたいと思ったら、その細胞のみで発現するタンパク質に結合できるタンパク質をもつように、ウイルスの遺伝子を操作すればよいことになる。


過去、旧ソビエト連邦では攻撃目的の生物兵器開発計画が進められていた。…先進的ウイルス神経兵器によって、短いペプチド鎖(アミノ酸が鎖状に結合したもので、生物活性を有する)をコードする合成遺伝子を中枢神経に送り込むというものである。中枢神経系に入ると、合成遺伝子をもとにデザイナーペプチドが生成され、それが奇襲攻撃を行うのである。このペプチドの効果は、その病原体が通常引き起こす症状とは全く違う。たとえば、脳内で生成されると悪性の神経変調物質として働き、ニューロン間の関係や通信を変化させて脳の機能を無効にしてしまう。感染性病原体としては、合成遺伝子を速やかに標的に送り届ける能力をもつものが選ばれる。この新型神経兵器において、病原体はまさにトロイの木馬であり、通常ならば到達できないようなところまで遺伝子を送り込むことが可能になる。
(p.p.347-348)



「…部隊(ユニット)が機能するための能力は、すべて頭のなかにあります。そうすると、もし恐怖やその他の感情によって部隊の忠誠心を崩壊させることができれば、軍隊は、力をもって戦う存在であることをやめてしまうでしょうね。たとえば閉所恐怖症に襲われた兵士は防護マスクをむしりとってしまうでしょう。他には、恐怖、のどの渇き、心拍数増加、腸の運動亢進とか……。ペプチドの効果としてはこのあたりが狙われていると思われます。」(生物兵器の専門家) (p.350)

 Russia accuses US of running a biological weapons lab in Georgia

Monday, January 20, 2020

有馬哲夫『原発と原爆』

Arima, T. (2012). Genpatsu to genbaku: Nichibeiei kaku buso no kurayami. Bungeishunju


二〇一一年三月一一日三陸沖を震源とするマグニチュード九・〇の地震が起き、巨大津波が福島第一原子力発電所の四基の原子炉とその周辺施設を襲った。…冷却水の循環が止まり、過熱した炉心は溶融を起こした。次いで、原子炉建屋内に水素ガスが充満し、ついには爆発した。旧ソ連のチェルノブイリ事故以来最悪の放射能漏れ事故が起こった。
…放射能被害のために放棄するしかない土地や財産など、また、農作物やその他の生産品に与えた直接の被害や風評被害を補償するため、六兆円が必要になると見積もられている。(p.p.9-10)


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アメリカ労働総同盟の日本支部代表のリチャード・デヴェラールが五三年一〇月二九日に国務長官と会ったときの発言だ。   

原爆障害調査委員会(atomic Bomb Causality Commission, 略してABCC)の広島での活動が私たちの良心の痛みになっています。…

…原爆被害者救済のための研究組織であるかのようにミスリードして日本側から協力を引き出してきた。だが、実際は被害者救済など目的としておらず、原爆や放射能が人体にどのような被害を与えるのかについてのデータを集め、分析することしかしてなかった。しかも、日米合同とは名ばかりで、実態はアメリカの軍とアメリカ原子力委員会の合同組織だった。
デヴェラールたち心あるアメリカ人は、アメリカが広島と長崎に原爆を投下しただけでなく、さらにその被爆者をモルモット代わりに扱っておきながら、日本側には医療行為を施すかのような誤解を与え協力させていたことに大きな良心の呵責を感じていた。(p.38)

Saturday, January 4, 2020

池田昌昭『完全犯罪JAL123便墜落事件』

Ikeda, M. (2003). Kanzen hanzai: Jaru hyakunijūsanbin gekitsui jiken. Tōkyō: Bungeisha. 

目撃証言

午後六時四十五分 長野県南佐久郡南相木村上粟生の主婦が、胴体から煙を噴きながら超低空で、東北の方角へ飛んで行くのを目撃している。(「ドキュメント日航機墜落」『北陸中日新聞』一九八五年八月十三日付朝刊))

…埼玉県浦和市住民の目撃証言もある。「マンションのベランダから西空を眺めていたところ、突然雲の透き間から太陽が射すようなオレンジ色の閃光を見た。双眼鏡で覗くと、両側から青、真ん中から赤い光を発した大型機が北の方へ消えた」。(「各地で多数の目撃者」『朝日新聞』一九八五年八月十三日付朝刊)

…長野県南佐久郡川上村住民の証言。
「埼玉方面から飛んできた飛行機が赤い炎をあげ、やがて黒い煙を残して南相木村と群馬県境に消えた」。(「各地で多数の目撃者」『朝日新聞』一九八五年八月十三日付朝刊)

(p.p.65-67)

生存者は、救出された四人以外にもいた

八月十三日付『朝日新聞』夕刊最終版4版「大刷り」一面トップ見出しは「生存者八人」だった。(朝日新聞社会部編『日航ジャンボ機墜落』朝日新聞社 二〇一~二〇二ページ)

…この男の子[※公表された4名以外の一人]の年齢が七、八歳とすれば、八月十三日昼間に、現場実況生中継を行ったフジテレビクルーによって、この七、八歳の男の子が担架に乗せられて運ばれるのが目撃され、フジテレビでその模様が実況放送されている。

(p.p.158-159)