Wednesday, September 4, 2024

伊藤祐靖 『自衛隊失格』

  Itō Sukeyasu, & Itō, S. (2021). 自衛隊失格 : 私が「特殊部隊」を去った理由. 新潮社.

拉致船との遭遇

確認すると「第二大和丸」と書いてあり、早朝にP3Cから[偽装工作船であるとの〕連絡が来た船名だった。そして完全に回り込み、漁船の真後ろについて船尾を見ると、漁船の船尾に縦の線が入っていた。

それは船尾が観音開きで開く構造になっていることを示している。そこから小舟(工作船)を出せるということである。

これこそが日本人を拉致し、北朝鮮に連れ去っていった「拉致船」なのだ。

…海上保安庁と連絡がつき、新潟から高速巡視船が追ってくることになった。それまでの間は写真撮影をしたり、船体の特徴を報告したりしつつ、工作母船の位置情報も送っていた。

(p.203)


帰投する巡視船

日没直前の18時頃になってようやく、巡視船が追いついてきた。 相手は拉致船、北朝鮮の高度な軍事訓練を受けた工作員が多数乗っている。密輸や密漁をしている船とはレベルの違う抵抗をすることは目に見えているのに、いつも通りに海上保安官たちは飛び移ろうとしていた。そしてまさに飛び移ろうとした瞬間、それまで12ノット(時速20キロ)程度の航行だった工作母船は大量の黒煙を吹き出しながら増速し、最終的には34ノット(時速60キロ)まで上げた。

…「みょうこう」にとっては、まだ余裕のあるスピードだったが、巡視船の方は工作母船に少しずつ離されていった。しばらくすると、巡視船から無線連絡が入った。

「護衛艦みょうこう、こちらは巡視船○○○。ただ今から威嚇射撃を行います」

すると、「パラパラパラ」と、上空に向かって小さな口径の弾をばらまく射撃が行われた。

これは試射で、今から本射が始まり、工作母船の船体付近に威嚇射撃を開始するのだと私は思っていた。だが、いつまで経っても本射は開始されず、巡視船は再び「みょうこう」を無線で呼び出してきた。

「護衛艦みょうこう、こちらは巡視船○○○です。威嚇射撃終了」

えっ、あの上に向かって撃ったのが威嚇射撃? 『天才バカボン』のおまわりさんじゃあるまいし、あれが威嚇のつもりだったのか? さらに無線連絡が入ってきた。

「本船、新潟に帰投する燃料に不安があるため、これにて新潟に帰投します。ご協力ありがとうございました。」

…航空機ならまだしも、燃料がなくなったところで沈むわけではないのに、日本人が連れ去られている真っ最中の可能性が高いというのに、その工作船に背を向けて帰投するというのだ。…そうして本当に、巡視船は進路を南に向けて帰投してしまった。

(p,p.205-207)

海上警備行動の発令

突然、けたたましいアラームが鳴り出した。「カーン、カーン、カーン、カーン」 アラームは、全乗員を戦闘配置につけるためのものである。再び副長の声が響いた。

「海上警備行動が発令された。総員、戦闘配置につけ。準備でき次第、警告射撃を行う。射撃関係員集合、CIC(戦闘行動をコントロールする中枢部)、立入検査隊員集合、食堂」

(p.209)


突然止まった工作母船

艦長は、目をカッと見開くと、押し殺したような低い声で戦闘号令を発した。「戦闘、右砲戦! 同航のエコー〈E〉目標!」(このときは工作船をEと呼んだ) いよいよ訓練ではない射撃が開始されてしまった。

…初弾は依然として34ノットで進む工作母船の後方200メートルに着弾させたが、工作母船に減速する兆候はまったく見られなかった。前方200、後方100、前方100と弾着点を工作母船に近づけていった。工作母船を木っ端みじんにしてしまうギリギリの距離まで弾着点を近づけて、何十発も警告射撃を行った。だが、工作母船は減速の兆候をまったく見せなかった。

…それは本当にギリギリで、ちょっとでもどこかにミスがあれば、乗っているかもしれない拉致された日本人ごと木っ端みじんにしてしまうからである。その思いが通じたはずは絶対にないが、工作母船は突然、停止した。

(p.210-211)

総員戦闘配置につけ

もともと海軍の仕事は船の沈め合いがすべてだったが、90年代から武器による抵抗が予想される船舶に乗り込んで、積み荷の検査をしようという考えが世界的に広まり始めた。海上自衛隊もその流れに乗る形で研究を開始し、各艦にその資料を配付し始めた時期だった。だからまだ、艦内には防弾チョッキさえも配備されていなかった。訓練さえもできる状況ではなかったのである。それなのにいきなり北朝鮮の工作母船に乗り込め、というのだ。

…「海上警備行動が発令された。総員戦闘配置につけ」という副長の艦内放送の声で、立入検査隊員たちは食堂に集まってはいた。

(p.p.212-213)


命令が間違っているという確信

…10分前とは、まったく別人になっていた。悲壮感のかけらもなく、清々しく、自信に満ちて、どこか余裕さえ感じさせる。私は、彼らに見とれてしまっていた。半世紀以上前に特攻隊で飛び立って行った先輩たちも、きっとこの表情で行ったに違いない。

…「これが覚悟というものなのか」と納得しつつも、心の奥底では気づいていた。この表情は覚悟だけではないのだ。“わたくし”というものを捨て切った者だけができる表情なのだ。彼らは、短い時間のうちに出撃を覚悟し、抱いていた希望や夢をあきらめた。そして、最後の最後に残った彼らの願いは、公への奉仕だった。それは育った環境や教育によるものではなく、ごく自然に、自らを滅することに意義を感じ、奉仕を全うしようとする清々しい姿勢だ。

だから、そんな彼らを“わたくし”のためにばかり生きているように見える政治家なんぞの命令で行かせたくないと思った。

(p.216)


忘れられない3つのこと

一つ目は、燃料に不安があるからと、海上保安庁の巡視船が日本人を連れ去っている真っ最中かもしれない工作母船に背を向けて帰投してしまったことである。[...]

二つ目は、[停船した工作母船へ]「立入検査」の命令が出たことと、それがそのまま末端の隊員に伝わったことである。…私は、任務が絶対達成できないことも立入検査隊員が全員死亡することもわかっていた。…[主に幹部用である]拳銃を触ったこともない者が、夜間、自爆装置がセットされている北朝鮮の工作母船に乗り込んで、北朝鮮の工作員と銃撃戦の末に日本人を救出してくることは絶対に不可能で、彼らが全滅することも確実だった。

それは、私が「みょうこう」航海長で、教育訓練係士官として乗組員の練度をよくわかっていたからではなく、海上自衛隊の艦艇乗りなら誰でも知っていたことである。

ということは、「立入検査を実施させる」という政治決定がなされる時に、現職の海上自衛官に任務達成の見積もりと生還の可能性を確認せずに決定がなされるはずがないので、現状を知っていながら可能だと言った海上自衛官がいるか、不可能という現状を理解したうえで実施させるという政治決断がなされたのか、そのどちらかなのである――。

(p.p.220-222)

愚直なまでに命令に従う

あの命令が間違っていたとか、取り消すように動くべきだったということではなく、いったいなぜ任務を達成できず、全滅するとわかっているのに彼らを行かすと決めたのか。その理由を確認して、彼らに伝えるべきだった。そんな当たり前のことをせずに命令に愚直に従おう、従わせようとしたのである。これは、私が一生恥じていかなければならないことだ。

そして、決して忘れられない三つ目は、それでも彼らは工作母船に乗りこもうとしたことである。(p.223)


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20歳前後ですでに「中年自衛官」

中年以降の典型的な自衛官とは、目指していると思っていることと、実際に目指していることの間に大きなギャップがある人のこと、加えて、それに気づいているのか、気づいていないのか微妙な人たちを指す。

例えば、自衛隊員が射撃訓練をする時の目的は、射撃制度の向上である。しかし自衛隊ではいつの間にか、怪我人を出さないとか、薬莢を紛失しないとか、時間内に終了させるとかいった方を重要視してしまう。それらも大切なことではあるが、問題なのはそのせいで射撃制度の向上がないがしろになってしまうことだ。

気づいているか微妙というのは、当初はそのことに気づいていながら気づいていないふりをしているうちに、本当に気づかなくなってしまうからである。若いうちは入隊時の志や思い入れがあるため、有事を想定した能力の向上に努めようとする。が、年月を積むにつれ、徐々に組織が抱える矛盾や本来の目的に背を向け、安定した日常の維持を優先するようになる。見て見ぬふりをし続けると、本当に見ることができなくなってしまう。

(p.p.165-166)

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若者は成長する。防大生は磨けば光る。光らないのは大人のせいだ。我々指導官の教えざる罪だ。

(p.176)

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[防衛大] 離任の辞

我々の職業は究極のボランティアだ。知らない奴のために自分が死ななきゃならない。人を殺さなきゃならない。敵ばかりじゃない。部下も殺さなきゃならない。「ガタガタ言わずに死んでこい」と言わなきゃならない時もある。しかも、ボランティアである以上見返りも求めてはいけない。「国民に感謝されたい」などと、せこいこと考えちゃいけねえよ。どう思われたっていいじゃないか、その人達のためになるなら。

ところで軍人らしさってなんだ。‥‥任務達成のためにすべてのことをあきらめることが軍人らしさだ。…何の見返りもなく、任務達成を目指す。これが軍人らしさだ。

(p.188)

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