Wednesday, July 9, 2025

Stout, M.『良心をもたない人たちへの対処法』

Stout, M., & Akiyama, M. (2023). 良心をもたない人たちへの対処法. 草思社.

ソシオパスを定義づけるもの

 サイコパスもソシオパスも同じ意味でよく使われているのだ。いずれも良心が欠如した個人でありそうした者のなかには暴力的な傾向をもつ者がいれば、そうでない者がいる。
(p.32)

司法の目さえあざむく

彼らの多くは、普通の人たちと同じように、投獄や死刑の宣告など望んでおらず、そんな状況に追い込まれないように注意している。恋人を破産に追い込んだり、同僚の経歴を台無しにしたり、あるいは、無防備な人の心に生々しい傷を刻み付けることに比べれば、殺人の場合、犯行が発覚する公算ははるかに高く、厳しい断罪から免れるのは難しい。罪悪感がないので、行動を制限する心の仕組みはもちあわせていないが、彼らは彼らで抜け目なく計算している。
…通常、ソシオパスが直接的な暴力に及ぶのは、社会の目から隠れて行える家庭内においてだ。…家庭内暴力は起訴されても立証が難しく、そもそも起訴されるケースが少ないので、ソシオパスにとってはブレーキもかかりにくい。

刑務所はソシオパスであふれていると思われがちだが、これも事実と異なる。それどころか、犯した行為で逮捕・投獄されたソシオパスの例はむしろ珍しいくらいなのだ。ソシオパス(と彼らの被害者)について調査を進める研究者は、現在の法律体系では彼らの犯行を漏れなく捕捉することはできない現実を突き止めた
アメリカの刑務所に収監されている者のうち、ソシオパスは平均で二〇パーセントにすぎない。

…多くの人たちにとって、生きることは真摯に向き合うべき営みで、その最大の見返りは他者の愛であり、人との結びつきだ。
だが人を愛せない人間がこの世にはいる。人みなすべてが良心をもっているわけでもない。それどころか、良心をもたない人たちという限られた少数派は、人に苦しみをもたらし、苦しみにあえぐ相手の姿を楽しんでいる。(p.p.38-41)

ガスライティングは、被害者自身が自分の正気を疑う心理的虐待の一種で、この名称は一九四四年に公開された映画『ガス燈』に由来している。
…ガス燈は劇中で使われているトリックのひとつで、家のガス燈を明滅させ、これは自分の妄想なのだと妻に思い込ませていく。第三者から見ると、ガスライティングという心理的虐待のもっとも痛ましい点は、一見すると無意味な手口であるため、第三者からすれば、被害者が漏らす不満があまりにも奇妙で、被害妄想じみたものに思えてしまう点にある。そのため、被害者が脅えている危機状況がまったく信じられなくなってしまうのだ。(p.p.120-121)

閉鎖系”の関係にはびこる職場のソシオパス

職場のソシオパスに見られる特有の行動

・被害者をほめそやす
・自分を大きく見せようとする
・親切で役に立つふりをする
・誘惑しようとする
・嘘をつく
・他人に過大なリスクを負わせようとする
・他人の共感を得ようとする
・他人のせいにする
・脅して自分の意に沿わせる
・血も涙もなく平気で人を裏切る

…[被害者側には]挫折感や徐々に希薄になっていく自己肯定感、他者を信頼する能力の大半が失われ、自分さえ信じられなくなるという、ソシオパスに翻弄された者ならではの様子がうかがえる。

職場において、精神的な疲れを強いられる、不安定な閉鎖系〔当事者しか知らない孤立した状況〕におちいっていたら、閉塞した関係の風通しをよくするため、少なくとも外部の誰か一人以上に現状を打ち明けておくことをおすすめしたい。
その場合、打ち明ける相手は、会社とは無関係の親しい友人や家族、あるいはセラピストでもかまわない。話す際にも「ソシオパス」などの専門用語を使う必要はまたくなく、職場でいま起きていることを話すだけでいい。

また、自分の窮地に対して、相談相手がただちに解決策を教えてくれるとか、自分と同じ意見であると期待してはならない。…外部の声をインプットして閉鎖系を押し開くことはなによりも大切だ。第三者に事情を話し、話を聞いてもらうことで動揺は鎮まり、何が起きているのかについて、それまで以上に客観的に考えられるようになる。心に余裕ができれば、ソシオパス特有の行動パターンが見極められるので、こうした関係に自分をおとしいれた相手の正体が明らかにされるかもしれない。
(p.p.120-125)

職場のソシオパスから自分を守る五つの原則

⑴ 心のプライバシーを守り続ける
攻撃してくるソシオパスに対し、相手の願い通りに怒ったり、脅えたり、うろたえたりする姿を見せてしまうと、彼らの支配欲をますます高めてしまう。彼らは被害者の脅えを糧にしているので、被害者が苦しむほど彼らの人心操作は激しくなる。望みは被害者を”支配する力”であり、うらうぃかいて剝き出しになった被害者の素の心を見て楽しんでいる。それだけに心のプライバシーを守り抜くことができれば、彼らは期待通りの結果が得られない。

冷静を保つことがなにより大切だ。感情のコントロールができないなら、動揺が表情やしぐさに現れないようにする。…何をされても動揺しない事実と、彼らの問題行動こそ社員全員の目標に対する障害だと自分は考えているという警告を与える。

⑵ 何をすべきか十分に考えたうえで判断する

ソシオパスの問題に直面して、会社にとどまって最後まで戦い抜くのか、あるいは自分生活を台なしにする会社から望みなのかきちんと考える。…自分の事情を最優先し、できるだけ早く会社を辞めることは卑怯なことではない。身の安全と自分が愛する者たちに対する責任を果たすこともまた、正しい判断なのである。 

⑶ どのような手順で進めていくのか

まず、彼らの行動は徹底して記録に残しておくことである。
…告発者を敵と考えるソシオパスは、相手が不在のときをねらい、十中八九、あなたの備品を盗み見ようとするはずだ。…仕事に関係のない私信などの書類はひとつ残らず会社から引き揚げることを忘れてはならない。無難な私物にすぎないが、他人の個人情報を悪用する手口に長けているのが彼らなのだ。

⑷ 私情は交えず、会社の利益を訴える

会社の上層部に近い役職者との面談を設定する。…人事部や直属上司を通したりしていては、ソシオパスの息がかかった者を相手に交渉する可能性が高まる。
私情は交えずに話を進める。自分の利益を求めてこの場にいるのではない。大きな犠牲を強いる組織内の問題について知らせ、その解決を提案するためにここにいるのだ。個人的な感情は控え、自分の被害者意識も訴えてはならない。
…また、「ソシオパス」などの心理学用語ではなく、誰にでもすぐに理解できる、明白でありきたりの言葉を使って話を進める。「話に嘘が多い」「仕事をごまかしている」「嫌がらせが絶えない」「人をだまそうとする」「人を操ろうとする」「ものがなくなる」などのような、彼らの不誠実な言動がこれほど大きな損害を会社に及ぼしているのか、その点に沿って話を進めていく。

⑸ 「会社の対応」をふまえて身のふり方を考える

 会社がなんらかの対策を講じ、ソシオパスを封じることができれば苦労した甲斐もあるので、その意志があるなら、会社にとどまって仕事を続けていけばいい。
しかし、進言に対して会社がなんの反応も示さず、ソシオパスへの対応を個人の問題のままにしておくなら、この会社は人生の貴重な時間を捧げるのにふさわしい場所かどうか判断しなくてはならない。…あなたはソシオパスには支配されておらず、彼らの罠にはめられたわけでもない。自分の意志にしたがって会社を辞めることで、心のプライバシーを守り、自分自身であり続け、平穏な毎日にふたたび戻るため、前向きな行動を起こしたのだ。
(p.p.130-137)

ソシオパスの戦意をそぐ「無関心メソッド」

{ソシオパスは}絶えずつきまとうこの退屈をなんとかしようと、刺激と高揚感への渇望がかき立てられていく。こうした状況のもとでは、あなたこそ退屈をまぎらわす格好の気晴らしなのだ。
…相手が脅したり、挑発したりするような言動を示しても動揺したそぶりは見せず、まったく気にしていないふりをして応じるのだ。もちろん内心では尋常ではない動揺を感じているはずだ。…しかし相手の前では、気にしていないようにふるまい、話を交わさなくてはならない。警戒心や恐怖心、あるいは怒りを悟られないよう、まったく無関心を装うのだ。
…被害者の警戒心や恐怖心、怒りとは、ソシオパスにとっていわば心理的なドラッグなのだ。相手がこのドラッグの中毒者なら、被害者がやることは、相手のハイな気分を台なしにしてやればいいのだ。
…気持ちがすぐに表れてしまう人でも、多くの人たちがこの方法を実に効果的に使ってきたので、どうか安心してほしい。動揺が表に表れないようになるにはいささか練習して慣れておく必要があるが、準備すればまちがいなく実行できる。
(p.p.180-181)

ソシオパスはなぜ専門職に多いのか

良心をもたない人のなかには、社会的な評価というきらびやかな衣装をまとうことで、ほかのソシオパスより巧妙に正体を隠している者がいる。
…ひとつは、わたしたちには立場と肩書に応じて人を値踏みする傾向があるか点だ。つまり、地位の高い人ほど人格者だと思い込んでしまう。
…二つ目は、ある種の専門職には、ソシオパスにとって喉から手が出るほど魅力的な特権が備わっている点だ。教師や医師、聖職者やセラピストは、大勢の人たちに対して「対人関係の影響力」があり、相手から疑いの目を向けられることはほとんどない。また、外部の干渉を受けないプライバシーが確保されているので、職場環境によって第三者の目から容易に逃れることができる(これも別のタイプの閉鎖系といえる)。
…専門職のソシオパスについて、わたしに寄せられる話のなかでも、群を抜いて多いのが教育関係者と医師に関してである。
(p.p.138-139)

ソシオパスが抱える二つの弱点

・ソシオパスに関する客観的な情報を念頭に置いておく
・最終的な目的を変えてみる(何を目的に戦っているのか見なおしてみる)
・相手の目的でなく、自分の目的について重点的に考えをめぐらせる。
・自分の感情を相手に悟られないようにする。
・良心と共感をもつ人たちとのつながりを深める
・相手との対応はあれもこれもと取り組まず、実行可能な範囲で小分けする
・自分のペースを崩してはならない
・理性的に考え。結末を重んじて行動する
・ストレスマネジメントを心がけ、健康管理に気をつける

ソシオパスは自分から始めた攻撃であるにもかかわらず、二つの弱みを抱えており、これらはたがいに関連している事実を理解しておいてほしい。

⑴ソシオパスが”勝利“を実感できるのは、被害者を思うように操り、支配しているときだけで、こうした形で実感できなくなってしまうと、攻撃そのものへの興味をやがて失っていく。被害者は勝つ意味(目標)を自分で設定できるので、彼らよりも柔軟に戦うことができる。

⑵ソシオパスは、他者の感情を悟れず、共感を覚える基層をもっていない。他者の感情に普通の人が数学の問題を解くように。、頭を使い、知的に判断することでしか理解できない。したがって、彼らに挑発されたとき、少しでも自分をコントロールできれば、本当の気持ちを彼らから隠せるのだ。そうすることによって、ソシオパスがなにより嫌がる「退屈」という天敵の出現をうながすことができる。(p.p.242-243)


適度な自己愛と病理的な自己愛

ソシオパスの場合、欠けているのは良心と他者への共感の両方だが、ナルシシストに欠落しているのは他者への共感だけなのだ。ソシオパスは他者とは感情的に結びつくことができず、他者の感情を直接感じ取れない。これに対してナルシシストは、他者の感情は感じ取れないが、彼らなりの形で他者とのつながりをむすぶことができるのだ。
適度な自己愛(健全なナルシシズム)は、精神的な発達を遂げ、大人になって健全な精神生活を送るうえで、誰にとっても必要とされるが、過剰なほど肥大して、他の感情を圧倒するようになるとナルシシズムに苦しむようになる。このような状態になると対人関係を損ねるばかりか、ほかの人を苦しめるようになるので、専門家のなかには、この状態を「病理的」「有害」「悪性」なナルシシズムだと形容する者もいる。
(p.p.251-252)

ナルシシストに感染しやすい人たち

反社会病質のリーダーと自己愛のリーダーの心理学上のちがいとは、前者は嘘と人心操作と恫喝によって他者に働きかけ、一方、ナルシシストのリーダーは嘘とマニピュレーション、そして情動感染によって人に影響を与えている。
…もしも自分のもとにドナルド・トランプと同質の人格的特徴を示す患者がきたら、その患者はまちがいなく自己愛性パーソナリティの持ち主にちがいないと、わたしはまえまえから考えてきた。彼に見られる人格的特徴は、仰々しいふるまい、他者に対する共感のみごとなほどの欠落、そして、注目され、称賛されることへの過剰すぎるほどの欲求だ。

…ソシオパスが力を実感するために他者を支配するなら、ナルシシストは自分への称賛のために他者を支配している。

ナルシシストの妄想に水を差し、誰も応じなければ彼らは不満を募らせ、感情は高ぶり、ついには憎悪に満ちた怒りを抱え込む。相手が応じない場合、ソシオパスなら計画をやり直すか、微妙な調整をくわえたり、それまで以上に魅力的にふるまったりする。あるいは、さらに脅しをかけるかもしれない。一方、ナルシシストはますます情熱的になり、彼の信条は説得力に富んだ、きわめて破壊的なものになっていく。ソシオパスの言動はこれという信条とはまったく関係ない。彼らの破壊的な言動は冷酷なロジックにもとづき、唯一の目的は被害者との”ゲーム”に勝つことだ。ナルシシストのように妄想でしかない感情の王国を守るために、自分を見失い、ゲームを破綻させるようなまねはしないのだ。
(p.p.256-258)


”熱い”ナルシシストと”冷たい”ソシオパス

この二つの人格障害にもっぱらうかがえる特徴は、いずれも虚言と狡猾さだ。ソシオパスは嘘をついて被害者を混乱させ、自分の意志にしたがわせている。あるいは「楽しい」という理由だけでそんな言動に及んでいる。一方、ナルシシストが嘘をつくのは虚構の世界を守り、他者から自分が必要とするもの(一貫した称賛と相手の同意)を汲み取るためだ。一般的にはどちらも「病的な虚言者」とよく言われている。そして、両者とも他人を利用する手段として、ずる賢くふるまい、人をあざむこうとする。ソシオパスは生まれつきの詐欺師で、ナルシシストは虚構の人格という世界の住人だ。いずれも、嘘をつき続けていなければ自分の世界が破綻してしまう。

ソシオパスがのどから手が出るほどほしがってるのは、人を支配することと権力である。勝つことそれ自体が目的で、そのために脇目をふらずに戦いに没頭する。ナルシシストは自分が秀でていることを見せつけるため、常に人よりも上位にいなければならない。それだけに、他人の権力と業績に対しては病的な嫉妬心を抱いている。
(p.265)

Sunday, July 6, 2025

大鶴和江 『「ずるい攻撃」をする人たち』

 Ōtsuru Kazue,  (2024). 「ずるい攻撃」をする人たち : 既読スルー、被害者ポジション、罪悪感で支配. 青春出版社.

2020年頃、福岡県でママ友たちの間で孤立した女性が、支配的なママ友に洗脳され、我が子を虐待、餓死させてしまうという悲惨な事件もありました。
これも支配的なママ友がグループ間に悪口を言い、ターゲットになった本人を孤立させ、その孤立したターゲットに対して「私だけがあなたの味方よ」と安心させて、金銭を搾取し続けたのです。

このように仲良しのグループの仲を引き裂く人を「サークルクラッシャー」あるいは「フレネミー」とも呼びますが、言い換えれば「他人の幸せが許せない人」です。
このような人は、自分の欲求不満やストレス、周りへの敵意を表現できない人が多く、表面的には「いい人ポジション」を取り、心配するふりをして他人をおとしめる行為を行ないます。

このような「他人の幸せが許せない人」のターゲットにならないためには、他人の悪口を手土産にして近づく人物には最初から警戒するということが大切です。
うっかりその悪口に賛同してしまうと、あとで「〇〇さんも同じようにあなたの悪口を言っていた」という言質を取られてしまう可能性があります。
…そのような人物に対しては、警戒して秘密は明かさないよう心掛けることと、想像や他人の言葉ではなく、現実や事実を見て客観的に判断する意識を持つことが大事になります。
(p.p.64-65)

Thursday, July 3, 2025

吉田敏浩『追跡!謎の日米合同委員会』

 Yoshida, T. (2021). 追跡!謎の日米合同委員会 : 別のかたちで継続された「占領政策」. 每日新聞出版.

一九五七年二月一四日付、駐日アメリカ大使館からアメリカ国務省への極秘報告書「在日米軍基地に関する報告」

行政協定のもとでは、新しい基地についての要件を決める権利も、現存する基地を保持し続ける権利も、米軍の判断にゆだねられている。…多数の米国の諜報活動機関と対敵諜報活動機関の数知れぬ要員がなんの妨げも受けず日本中で活動している。
米軍の部隊、装備、家族なども、地元とのいかなる取り決めもなしに、また地元当局の事前情報連絡さえなしに日本への出入りを自由に行う権限が与えられている。(『日米「密約」外交と人民のたたかい』)
(p.130)

CICとは米陸軍の対敵諜報部隊でCounter Intelligence Corpsの略称である。…日米地位協定の刑事裁判権に関する規定「米軍人・軍属の公務中の犯罪はアメリカ側に第一次裁判権がある」に従って…スパイ活動中のCIC員がたとえ車で日本人をはねて殺傷しても、公務中としてアメリカ側に第一次裁判権があるので、日本側当局に逮捕・起訴されることはなく、日本の裁判所で裁かれることはないのである。

アメリカの情報機関NSA(国家安全保障局)の世界的なインターネット監視・盗聴活動を暴露した、元NSA職員エドワード・スノーデンの告発からも、日米の連携が明らかになった。
…二〇一三年四月八日付の秘密文書には、NSAが防衛省情報本部電波部に「エックスキースコア」など、個人のEメールなど非公開情報まで密かに検索できるインターネット大量監視用の「違法監視プログラム」をも提供し、「これらの監視システムを使いこなし、米国の監視網に貢献するサイバー・スパイを防衛省・自衛隊内に養成する」ための講師を派遣すると記されていた。
自衛隊のほかに…「アメリカの情報機関は警察と公安調査庁に別個のルート」を持って、それぞれ連携している。また、「警察、内調、外務省はいずれも米中央情報局(CIA)との情報交換」をおこなっている。
(p.p.139-140) 

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もく星号遭難事件と米軍の航空管制

一九五二年四月九日、午前七時三四分、日本航空の羽田発大阪経由福岡行き、マーチン202型双発プロペラ機もく星号が、風雨をついて羽田飛行場を飛び立った。しかし、千葉県の館山上空を通過後、離陸から二〇分で行方不明になった。…翌四月一〇日、伊豆大島の三原山噴火口の東側一キロの地に墜落し散乱した機体が発見された。乗組員四名と乗客三三名の全員が死亡していた。
…羽田出発時の米軍管制官の指示は「館山通過後一〇分間高度二〇〇〇フィート」だった。二〇〇〇フィートは約六一〇メートルである。その高度で一〇分も飛べば、海抜七五八メートルの大島三原山に衝突する。もく星号は疑問を呈して問い返した。羽田に駐在するノースウエスト航空の運航係も、この管制指示を傍受していて、その高度では低すぎると抗議した。

…日本政府の事故調査委員会は、米軍にジョンソン基地の航空管制室の録音テープの提出を要請した。しかし米軍は応じず、文書で「六〇〇〇フィートを指示」とだけ回答した。
一方、在日米空軍の機関で航空機と基地の交信を記録する「東京モニター」は、ジョンソン基地からの「館山通過後一〇分間高度二〇〇〇フィート」という指示を傍受していた。だが、米軍側は公式にはあくまでも「六〇〇〇フィートを指示」と押し通した。録音テープの提出を再三の要請にもかかわらず拒み通した。

…そこで注目されるのが、羽田出発時の当初の管制官の指示「館山通過後一〇分間高度二〇〇〇フィート」の背景には、もく星号の飛行予定の方向に、約一〇機の米軍機が飛行中という事情があったことだ。
「もく星」号が羽田を離陸するとき、「東京地区の各飛行場から出発して、同時刻ごろに同じ方向に向かっていた米陸海軍機が十機ほどあった」(『科学朝日』昭和二七年六月号)
(p.p.142-145)

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民間航空機を追尾し急接近する米軍機

一九九七年九月一二日、小松発札幌行き全日空A320旅客機が青森県の陸奥湾上空を高度約六四〇〇メートルで飛行中、米空軍三沢基地のF16戦闘機二機が後方から急接近してくるのが、全日空機の空中衝突防止装置(TCAS)のレーダーによるコンピューター画面に映り、「降下」を指示する警告音が鳴ったので、急降下して衝突を緊急回避した(「朝日新聞」一九九八年一月四日朝刊)。
…パイロットは「まるで標的機を要撃するように追尾しているように感じた」と報告しています。


一九九八年八月には、日航の広島行の便が高度一万七〇〇〇フィートで飛行中に、厚木から岩国に向かっていた海兵隊の戦闘機が急接近、日航機は急降下して衝突を回避した事例、さらに一九九七年一一月には高知県上空で関西空港に向かっていた日航機に米軍戦闘機が急接近、機長の緊急回避操作で空中衝突を免れた事例など、米軍機の異常接近が相次いで報告されました。

二〇〇七年八月八日にシドニー発成田行きのJALWAYSボーイング747旅客機が、グアム島南方上空を高度一万一六〇〇フィートで飛行中、右後方上空から米空軍F15戦闘機二機に追尾され急接近された事件は、米軍側が国際的な飛行規則に違反したことを認め、異例の謝罪をした珍しいケースである。
(p.p.149-151)

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新型コロナウイルスの検疫も米軍まかせ

在日米軍内でも新型コロナウイルスの感染が相次いできたのに、日本政府は米軍関係者(軍人・軍属・それらの家族)の入国禁止措置をとれず、基地から入国する際の検疫も、感染防止策も米軍まかせで、まったく手出しできないのである。
米軍関係者は日米地位協定にもとづき、基地を通じて自由に出入国でき、日本の出入国管理に服さなくてもいいからだ。
(p.172)