Friday, July 11, 2014

テイラー『洗脳の世界』

Taylor, K. E., & Satō, K. (2006). Sennō no sekai: Damasarenai tameni maindo kontorōru o kagakusuru. Tōkyō: Nishimura Shoten.

原書:Taylor, K. E. (2004). Brainwashing: The science of thought control. Oxford: Oxford University Press.

Kathleen Taylor -Brainwashing:The Science of Thought Control


第十二章 犠牲者と捕食者
・・・気づかないうちに行なわれる段階的な洗脳は、最も用心深い前頭前野でさえすり抜ける。たとえそうであっても、一部にはもっと用心深く抵抗力の強い人もいる。ある人の脳が攻撃されやすく、ある人の脳は感化に対して抵抗性[が]あるという違いは・・すでに持っている認知ウェッブの数、それら認知ウェッブの強さと、立ち止まって考える能力という三つの点が相互に関連し合い形成されていると考えられる。(P.276)
 
認知ウェッブを変化させる

認知ウェッブの数
 
認知ウェッブで満たされ、刺激をさまざまな柔軟な方法で処理できる豊かな認知の風土(環境)は、洗脳者が新しい信念を押し付けることを難しくする。・・神経活動を入力刺激から出力反応へと流す際に、選択できる経路が多いほど、個々のシナプスは弱い傾向がある。
認知の風土を豊かにする、年齢、教育、創造性、人生経験が感化[洗脳]の専門家に抵抗できるのはこのためである。ヒトの頭の中のニューロン間の結合は数が固定されたものではなく、積極的な認知[活動]は新しいシナプスを形成することができ[る]。(P.277)

・・拷問の被害者は、特別に大切にしている認知ウェッブ ― 宗教的信念や愛する人のイメージ ― を活性化し、それに命をかけて助けを求めることによって強制力に対処することが多い。巧妙な強制が残忍性と思いやりをしばしば併用するのはこのためである。・・表面的な思いやりは、苦痛よりも、被害者の抵抗を破るのに有効になり得る。朝鮮戦争で捕虜になったひとりのアメリカ人は・・彼を捕らえた者が彼を殺す直前まで拷問を行なったにもかかわらず、しばらくすると「死にそうになると助けてくれたので、命を救ってくれたことで彼らに感謝するようになった…。彼らはこれを思考過程全体が消耗してしまうほどに繰り返し、私は彼らが望むことをなんでも喜んでするようになった」。長い間には、死の恐怖を与えるより、死から救うことがより有効な感化の武器になった。(P.P.277-278)

認知ウェッブの強さ
 
逆説的に、平均より認知ウェッブが少ない脳は洗脳されにくい。その認知ウェッブが特別に確立されている場合には特にそれが[当てはまり]、自分に信念を持っている場合には、信念を操作する商売人に対して少なくともある程度の防御になる。(P.278)

前頭前野の虐待
― 立ち止まって考える能力を迂回する

立ち止まって考える能力

われわれが[洗脳者による]感化の試みをいかに有効に検出し抵抗するかは、前述のように、我々の認知の風土の豊かさに依存している。それはまた、われわれの認知ウェッブがいかに強く活性化されているかにも依存しており、強烈で単純な刺激や強力な感情のエネルギーがあふれ出る場合には、自分を立ち止まらせる暇もなく行動が発現してしまう。・・脳はそれ自体が最も[関心を持つべき]ことに気づいてそれを選択するような、完全に合理的な計算装置ではない。・・感情に依存しすぎるとわれわれは誤ってしまう。行動へのショートカットとしての感情の役割は、より大きな長期的利益ではなく、短期的な気ままな方向への決定に重きを置きかねない。(P.279)

第十四章 科学と悪夢

[脳に変化をもたらす影響は]伝統的な科学的分類法によっていくつかに分類されることが多い。物理的影響には放射線、電磁波(視覚イメージ、温度変化、磁場などを含む)と、最近言われている量子効果が含まれる。・・化学的影響は神経伝達物質、ホルモン、食物、薬物が含まれる。これらの物質のあるものはニューロンに直接作用し、他のあるものは体内で別の活性体に変換される。・・またあるものは細胞膜を通過してニューロン内部の機能に影響する。それら内部機能にニューロンの遺伝子が含まれる場合には、それらに影響する物質は遺伝的影響に分類される。最後に社会的影響があり、言語、文化、対人関係などの包括的なものである。
遺伝的影響同様、社会的影響も脳の電気化学的変化によると考えられている・・脳の変化をもたらす影響はすべて、基本的には脳の電気化学を変化させることによって作用するという仮定は安泰のように思われる。(p.308)

物理的影響
脳を変えようとする感化[洗脳]の専門家は理論的には二つの選択肢を持っており、脳自体に対する直接的操作脳に接する環境に対する間接的操作である。実際には、精神の変化を目指した試みのほとんどには環境の変化が関与している。CIAがマインドコントロールのために試みたことの多くは、このような間接的タイプで、感覚剥奪、ソビエト方式による訊問法などである。
同時に多数の人々に影響を与える力を持つことが明白な環境変化には、テレビやインターネットなどマスメディアの発達がある。・・脳科学者スーザン・グリーンフィールドは、その著書『Tomorrow’s People』(未来の人々)の中でマスメディア技術がさらに進歩して精巧な仮想現実の世界が発達すると、どんどん幼児化した刺激反応性でしかも非社会的な消費者、その需要のすべてが予測可能なためどこまでも監視し続ける情報技術に満足するような消費者を生み出すと予測している。

二十世紀には・・直接的介入という別の方針が選択された。ワイルダー・ペンフィールドなどの脳神経外科医が患者の脳に電流を与えると感覚、運動、記憶などに変化が生じることを発見して以来、例えば脳や体に埋め込んだ電極で人間を直接コントロールするという考えが、コントロールしたいと強く思うわれわれの一部には極めて興味深い可能性に思われた。もっとも最近では、経頭蓋磁気刺激法trans-cranial magnetic stimulationが発明され、それは脳に直接磁場を加えることによって、広い範囲のニューロンを(一時的に)阻害するものである。動物の簡単な行動のコントロールが試みられ、それはいくらか成功し、ペンフィールドが示しているように、人間も簡単な行動ならばこの方法の対象になるかもしれない。(p.309) 



Jose Delgado's chip

[脳の血流変化を観るfMRIと脳の電磁場変化を測定するMEGは]どちらの方法も、大量のニューロンの塊をまとめた描写以上のことはできないが、そのような粗いレベルの分解能[力]でも、得られるデータの量は現在の情報技術と統計分析の可能性を拡げるものである。われわれが知るかぎりにおいては、これらの方法論の問題は原則的に解決不可能というわけではない。しかし現実には、神経画像診断法が正確なマインドコントロールに利用できるようになるためには、さらに進歩が必要である。
それにもかかわらず、いつの日かわれわれは、生きているヒトの脳内の明確な認知ウェッブを分離[して操作]するのに十分な精度とコンピュータ能力を獲得し、特定のヒトにおいて、ある刺激に反応する個々の神経回路を追跡することが可能になるであろう。(p.310)
 
ジェームズ・ティリー・マシューのAir Loomは、感化[洗脳]の機械の現代的着想として最初のもので、被害者の脳に強力な光線を当てるものである。未来のAir Loomは、電磁波照射を利用して、ある種の認知ウェッブを実行しているニューロンに影響を及ぼし[たり]、あるいは消滅させ[たりす]るかもしれない。ナノテクノロジーがもたらす極小機械が注射、皮膚への接触、食物、または入浴によってでさえ体内に入り、標的[にされた]ニューロンを探して破壊し[たり]、あるいはニューロン間のシナプスを調整[したり]するかもしれない。おそらく活動的な認知ウェッブを抑え付けて従わせるような正確な経頭蓋磁気刺激法が確立されるかもしれず、ナノ電極がイオンの流れを微妙に調整したり[することによって]、量子の世界からはこれまで考え[られ]もしなかった技術が生まれるかもしれない。(p.311)

機械的、有機的影響

・・個々の認知ウェッブを標的に[して操作]する[に]は、やはり生きている脳を[直に]妨害しなければならないと考えられる。前述の物理的影響の一部は秘密の操作――被害者[を]比較的拘束[せ]ず、理想的には妨害が気づかれない――には適しているが、外科的操作は、強力な権威(国家が支援する医師)に対して、狂気や反社会性・・という批判が浴びせられることになる。・・[しかし被害者の]同意があってもなくても・・脳神経外科医や精神科医はおそらく[脳を操作するための]ずっと精巧な道具を使えるようになるであろう(p.311)

・・反抗する[人の]認知ウェッブ、[支配者から見て]困った信念など・・を除くために、微小ロボット、正確なレーザー、強大なコンピューター性能を利用するかもしれない。神経インプラント―技術的には可能である―は、・・中脳水道周囲灰白質の圧上昇や、側頭葉の嵐などを予測することによって、ある種の行動を、それが起こる前に警告できるかもしれない。・・・社会の成熟を中傷し、技術のマジックを賞賛する西洋の現在の傾向から考えると、われわれが努力より安易を、長期的解決より迅速な修理を好む[ため]、社会的な問題に対してさえ、社会自体を変えようとするのではなく、医学[の]問題[に]し続けると思われる。(p.p.311-312)

化学的影響

問題のある認知ウェッブに関与する[シナプス]が他の[シナプス]と区別され標的になると、ニューロンに障害を与えることによって、その認知ウェッブに影響することができる。細胞の近くに送り込まれたウイルス、荷電を持った粒子を投与することによる細胞の電気化学的バランスの崩壊、細胞内機構の障害や細胞死の誘発、これらはすべて・・個々のニューロンに対して使うことができる。
もっと大きなスケールでは・・シナプスを基底状態にまでリセットすることによって脳を機能的に除去することがいつの日か可能になるかもしれない。・・・もちろん、薬剤が活性を発現している間に他の認知ウェッブに対する副作用的障害が起こることもある。しかし国民に対してそのような技術を用いることのある社会であれば、副作用的傷害は受け入れ可能な対価と考えるであろう。(p.313)

遺伝的影響

生科学や細胞生物学の知識を拡大すると、将来の脳科学者は間違いなく、遺伝学研究がもたらす豊富な感化[洗脳]能力の可能性を考慮に入れることと思われる・・遺伝子のオン、オフがいかにして生きている脳を発達、変化、障害させるのかを多くの科学者が理解しようとしている。(p.313)


Optogenetics: Controlling the brain with light

どの遺伝子がシナプスの可塑性をコントロールするかを理解するようになる―そのようなプロジェクトはもう始まっている―と、どの信念をどの程度強く維持し、どの記憶を保持または消去し、どの行動を概念化するかまたはイメージ外に押しやるかをコントロールすることができる。・・われわれは、ある種の信念を持つようになるばかりではなく、それを変化しないように「固定」し、全く動じない究極の独断を創り出すことができるかもしれない。・・もしそのような技術が[一般人にも]はっきり見えるようになる前に利用される場合には警戒が必要で、人々は、本人が気付かないうちに少し調整しただけで乱暴な考えを除去できるような[技術を裏で使う]、悪意に満ちた人のなすがままになってしまう

・・われわれの心はプライバシーを失って・・おそらく未来の法律には、[支配者にとって]不都合な考えを[人々の脳から取り]除いて不都合な行動を防止するため、強制的な脳の矯正が含まれ・・リスクの高い人にはインプラントを利用して、[脳の]遠隔監視と操作が行なわれるようになると思われる。・・・
もう一つの可能性は「嗜癖工学」で・・インプラントを利用してある人をなんらかの薬物に依存した状態にし、その薬物を提供する人に従属させるのである。(p.315)

 遺伝子操作は別の応用が考えられる。もしウイルスベクター(それ自身の遺伝情報の他にDNAを挿入されたウイルス)を使って、政敵の脳に対し自分自身を疑うようにすることができるならば、長いお金のかかる選挙運動は必要なくなるであろう。政敵の前頭前野に正常では静止しているある種の遺伝子のスイッチを入れるための情報をベクターに運ばせて、相手の行動に壊滅的影響を及ぼし、自分ではほとんど努力せずに、[政敵に対する]問題を解決すればよい。[敵の脳に送り込む因子として]アルツハイマー病、パーキンソン病など[悪夢のような]神経疾患が武器として使える。病気を意図的に起こすことは、国家がある種の犯罪を罰するのに使うことさえあり得る
 
・・もしそのような技術が可能であるものの、[道徳的見地から]決して実施されないとすれば、[人工的疾患を武器として使う]その考え方が・・次に挙げるような人間の他の行動と異なると言えるのだろうか?・・歴史を見るとアウシュビッツやタスキーギ、原子爆弾、生物・化学兵器、反逆者の四つ裂き、「魔女」の火あぶりなど多くの恐ろしい例がある。[人工的に]病気を起こす方法による死刑を宣告することは・・いまだ越えられたことのない倫理的一線を越えるものではない。(p.316)

社会的影響

主観的自由と客観的自由は同一ではない・・が、注意をそらされていたり、疲れすぎていたり、忙しかったり、あるいは怠慢なために、自分達の制約された生活に気付かないのである。・・政府はわれわれのEメールを読もうとし、スーパーマーケットではわれわれの買い物を記録している・・われわれは客観的自由を放棄し、友人に話す代わりにインターネットで匿名のチャットに参加し、仲間からのプレッシャーによって・・有名人の話を読み・・虚構の代替に満足する。どんどん順応的になり、感化[洗脳]の専門家にとってはますます予想通りになっても、われわれはこれまでにないほど自由であるという個人主義者のメッセージを信じている。(p.317)

人々は客観的自由を放棄して見せかけの自由を得る代わりに、自分達の生活を他人の手に任せるよう説得されるのである。・・・われわれの自由の感覚は基本的な感情的反応であるが、それが[具体的な行動、つまり](自分の心を表現したり、好きな所へ行くなど)と結びつくには学習されなければならない。[洗脳者の]ひとつの策略は、この連結を切断し(または最初から造られなくし)、例えば自由に話す権利が侵害されてもリアクタンスが刺激されないようにすることで、[自由の侵害に対する]脳の警告シグナルを不活性化することである。そうすると感情的反応も無く、[ニューロンの発火]を消す必要も無い― あるいは[支配者が力で鎮圧することも無い。・・・将来的には、この連結の、神経的基盤を特定し、われわれの精神から[自由の侵害に抵抗する意思を]完全に除去できる[方法]をわれわれは― またはわれわれをコントロールする人が― 持つようになるだろう。(p.319)

・・CIAが十分知っていたように、ある人達は例外的に影響されやすく、彼らを標的にした精神操作は努力に値する。しかしながら集団の[マインド]コントロールには目の粗いフィルターを用いる必要があり、例えば個々の認知ウェッブではなく、脳全体に影響を与えなければならない。しかし、この大まかな種類の感化[洗脳]であっても有効な場合があり、人為的[に]感情を喚起して、次にそれを特定の刺激と結びつけるのには特に有効である(「桃体にちょっとした衝撃を与えると、それはオフになる…」)。このように脳の直接的操作と脳への入力の間接的操作を組み合わせることは、今日の技術が果たした有用な進歩であり、過激な政党などが利用したものである。(p.320)

まとめと結論

人間の心を探ることを目的とする科学は、内部に直接的にアクセスする方法を持っている。それらの科学では、脊椎の塔の頂上でバランスを保っている頭蓋の中を見て、驚くほど詳細にその変化を図示することができる。・・将来われわれはマインドコントロールの夢を実現する時が来て、少なくとも、個人の心を変化させることは可能となるであろう。
 
・・問題となるのは技術ではなく、それでなにをするかである― そしてそのことは、われわれがどのような考えを持ち、われわれの環境においてどのような信念が一般に受け入れられ、間違いを誰が判断するかに依存している。もしわれわれがいまだに恐怖と敵意をもって自分と異なる相手に反応したり、安全のために自由を放棄して、国家による支配と、国民の従属[の強制]を受け入れるならば、精神操作技術が社会ののけ者[のレッテルを支配者によって貼られた被害者]に適用されてしまう。その時点で、[被害者]より安全な状態にいる市民が抗議しなければ、マインドコントロールを崇拝する者達はその蔓を社会に広げようとする(p.322-323)