岸田秀, 1933- author, Kishida Shū., & Kishida, S. (2019). 唯幻論始末記 : わたしはなぜ唯幻論を唱えたのか. Isoppusha.
アメリカのイコールパートナーという自己欺瞞
ハル・ノートは日本を対米宣戦布告へと追い詰めたが、アメリカには日本を追い詰めた自覚はないであろう。・・・一部の者を除き、軍事力・経済力・工業生産力が格段に劣る日本が大いなる希望に燃え喜び勇んで戦争を始めたわけはない。
アメリカ空軍は八月十五日の朝まで本土空襲を止めなかったが、若者のほとんどは前線へと駆り出されていたので、女子供と老人しか残っていなかった日本本土の都市のほとんどを焼け野原にした空襲は、非軍事地域の非戦闘員の虐殺であり、明らかに戦争犯罪であった。
日本の敗北は決定的となっており、アメリカが勝つためにもはや不要であったにもかかわらず、原爆を投下したのはなぜか。…アメリカは敵対した生意気な日本を根こそぎ破壊したかったのである。アメリカの存立のために原爆を使うことは何ら必要なかった。原爆を使ったのは愚劣・傲慢にして残忍なサディズムに動かされたのである。それ以前から明らかであった日本側の降伏条件を認めさえすれば、日本は原爆を落とされなくても降伏したはずである。アメリカは日本のそのような降伏では満足できなかったというだけのことである。アメリカは日本を徹底的に破壊したくて日本の降伏を遅らせようとしていた。
アメリカ人は原爆投下を、日本が先に真珠湾奇襲という卑劣な騙しうちをしたことに対する報復であるとして、もし日本がそのような卑劣なことをしなかったら原爆投下をしなかったと言いたがっているようであるが、アメリカ大陸の先住民は、イギリスから来た植民者が飢えと寒さで絶滅しかかっているのを助けた。アメリカ人はそのことを忘れたのか、そのあと先住民を大虐殺し、その土地を奪った。このことからも、相手が先にひどいことをしたから、その報復としてこちらもひどいことをすることになったというアメリカ人の正当化は成り立たないことがわかる。
東京裁判は、事後法に基づき勝者が敗者を裁くとんでもない違法行為であり、なぜアメリカが東京裁判を強行したかを問題にすべきである。アメリカ人が自己満足し、日本人の誇りを奪い、侮辱する以外に何の役に立ったのか。
現在の日本のことを考えてみると、敗戦後七十年以上経ったにもかかわらず、いまだにアメリカ軍の占領が続いているのはいかにも異常である。(p.p.194-195)
無意識へと抑圧された「アメリカへの怒り」
日本人の内的自己は、当然のことながら、戦前よりさらにいやまして戦後は、アメリカに対してはらわたが煮えくり返るような怒りを感じているはずであるが、しかし、怒りは外的自己が結んでいる友好的な日米関係を乱すため、深く無意識へと抑圧されている。
深く無意識へと抑圧されたそのような怒りが日本人の精神内で毒素となって、数々の見苦しい不幸な事態と事件を起こしているが(政府は国際関係においてどうすればいいかいつも自信なく迷っている。アメリカの言う通りにすればいいと思っているのか、自分の判断がない。政府や官僚の隠蔽体質、国民の高い自殺率、鬱病の蔓延、ヘイトスピーチ、子をぎゃう対する親、子供のいじめなどは、この事態が招いている症状ではなかろうか)、今の日本人はその真の原因を心のどこかでは薄々と知っているのだが、おおっぴらにはっきりとは知りたがらず、わざわざ見当違いのところに原因を探すので、いくら探しても見つからない。見つかるはずがない。
アメリカに対する怒りを抑圧して服従するのは、このように日本人が日本人であることの誇り、日本人が日本人として存在する価値と意味を失わせ、目先の物質的・金銭的利害など問題にならない軽量不能の大被害を国としての日本にも個人としての日本人にも与えているが、これを日本人はなるべく見まいとしている。
…また、アメリカも日本に恨まれていることを知らないフリしながら知っているので、日本に対する警戒を怠ることなく、アメリカの安全のため日本の占領を続けている。(p.p.108-109)
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