Saturday, May 3, 2014

矢部武 『アメリカ病』

Yabe, T. (2003). Amerika-byō. Tōkyō: Shinchōsha.

報道されない真の米国社会

カリフォルニア州サンフランシスコでは、高齢の白人が通りかかりの中国系男性(裁判所員)の胸をステッキで突いて、「あんたが誰だか知っているわよ。どこで働き、どこに住んでいるかも知っている。これからあんたの後をずっとつけ狙ってやる。もちろんあんたの妻も子供もいっしょだよ。おまえら低俗なチンクスはさっさとこの国から出て行け!そして地獄へ落ちてしまえ!」と罵声を浴びせた。

・・それでもアメリカンドリームの神話は崩れることはない。それは主要メディアが五十万人とか百万人に一人ぐらいの割合で、貧しい国からやってきた移民(が)・・アメリカンドリームを実現したという報道をするからだろう。(p.194)

ゴードン・トーマス『インテリジェンス 闇の戦争』

Thomas, Gordon, and Satoru Tamaki. Interijensu Yami No Sensō: Igirisu Jōhōbu Ga Mita Sekai No Bōryaku Hyakunen. Tōkyō: Kōdansha, 2010. Print.

エシュロンとは何か

UKUSAというのは、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの英語圏5カ国の間でジギントを分かち合うことを目的に作られた安全保障協定で、その存在は長い間秘密にされていた。・・地球上のすべての地域がUKUSAによってもらさずカバーされ(あらゆる電子通信を傍受され)ている。(現在では世界中の携帯電話の会話ももれなく傍受されているといわれている。)その機密性、包括性において、世界中に張り巡らされたNSAの監視網に匹敵するものはない。この監視網は俗に“エシュロン”と呼ばれ、通信衛星が送受信する地球上のあらゆる電波を傍受する能力がある。つまり、軍事通信に限らず、民間のあらゆる通信、銀行口座や病院の医療記録といった個人情報から企業秘密、企業の取引交渉なども、すべてエシュロンに読み取られている可能性がある。(p.p.183-184)


フランス首相エドゥアール・バラデュールがエアバス機の売り込みでサウジアラビアの政府高官に賄賂を贈っている証拠となる通信を傍受されて60億ドルの契約を失った事件もある。結局その契約はアメリカのボーイングが勝ち取った。・・さらに1994年には・・(アマゾン環境保護)監視システムの入札に関して、フランス企業とブラジル政府の間で交わされていた電話での会話をエシュロンが傍受し、NSAからその会話の内容を伝えられたアメリカのレイセオン社が14億ドルにのぼる契約を取ることに成功した。その他・・(世界各国で)エシュロンが商談を傍受することにより、EU諸国が取りそうだった契約をアメリカ企業に取らせることに成功している。(p.186)

Thursday, May 1, 2014

山本節子 『大量監視社会』

Yamamoto, Setsuko. Masu Sābeiransu Shakai: Dare Ga Jōhō O Tsukasadoru No Ka = Mass Surveillance Unlimited. Tōkyō: Tsukiji Shokan, 2008. Print.


大量監視(マス・サーベイランス)社会 : 誰が情報を司るのか = Mass surveillance unlimited”

変化した監視の「方向」

1.外から内へ:・・アメリカでは9・11以来、国民に向け(監視が)始められた(NSAの大規模盗聴作戦―ザ・プログラム)。
2.特定の人間から一般人へ:・・今や不特定多数の「大衆」をターゲットとするようになっている(クリントンの秘密指令―99年大統領決定指令)。
3.部分から全面へ:・・今や、政府が民間企業の膨大なデータ倉庫をこじあけ、そこに蓄積されたあらゆる情報をひとつにとりまとめ、「データ共有」がはかられている。
4.少数から多数へ:・・監視装置が限られた場所から、街全体、公共空間全体に広がった。・・新システムを用いることのできる人や組織は、誰でも監視が可能になった(情報の商品化)。
5.マンパワーから最先端システムへ:・・「電子の目」を生かした自動監視システムが採用されている。・・電話やパソコン通信、ネットサーフなど、ありとあらゆる通信を傍受できる能力があるといわれている(FBIのカーニボー、テンペスト→エシュロン)。
6.非合法から合法へ、隠然から公然へ:非合法だった政府のスパイ活動を合法化し、情報傍受を公然と行なうようになっている(エシュロン、CAPPSⅡ)。
7.「軍事」と「民間」の統合へ:アメリカでは「情報戦」を、将来の生き残りをかけた「心理作戦」と位置づけ、イラクの軍事作戦などですでに実行に移している。
8.「聖域」から「利用」へ:・・プライバシーが死後になりつつある。個人情報を含むすべての「情報」は、社会発展のための欠かせないファクターとして、「利用」が最優先されるようになった(アメリカ・愛国者法、アメリカ・スパイ法)
(p.p.131-133)

「公衆外交」といえば1953年に設立され、1979年に国務省に統合された米国情報庁(USIA:United States Information Agency)が有名だ。USIAの任務は、海外の一般市民(公衆)に直接働きかけて、自国に有利・友好的な世論を形成することにあった。いずれも「公衆」= publicという名称を含みながら、公衆に知らされていないのは、いかにも機密国家・アメリカらしい・・・その業務の目的は、敵対的な国の反米プロパガンダを破壊し、「海外の公衆に影響を与えること」によって、アメリカの外交方針を受け入れさせることである。そのためにIPIは科学、教育、文化など学術交流や、留学生の交換、市民同士の交流などあらゆるルートを使って、外国政府や機関、団体、個人に影響を与える―世論操作[する]―ことを目的にしている。世論を構成する主体として、一般市民は当然、この指令の重要なターゲットである。(p.150)

           Reference: History Channel History'S Mysteries Echelon The Most Secret Spy System

エシュロンは、冷戦中に開発された他の電子盗聴システムとは違い、軍事施設の監視だけを対象にしていたわけではなかった。そのため、それが見張る対象は、初めから、あらゆる国の政府、団体・組織であり、日常的に交わされる大量の通信を、今なお無差別に吸い上げ続けている
エシュロン参加各国は、それぞれの監視対象(人・企業・事件など)について、キーワードやキーフレーズ、人名や場所あるいは特定の電話番号やメールアドレスなどを記した「辞書」を作成し、配布する・・・エシュロン基地のレーダーは、地上を駆け巡る情報の中から検索タグを含む通信を識別すると、自動的にメッセージを取得[*つまり窃盗]して、それを求めるカスタマー(顧客:政府機関)に転送する。
・・「辞書」のほかに使用されているのが、NSAが作成した「ウォッチリスト」(監視リスト)だ。暗号名を「ミナレット」と言う・・何しろ対象はすべての情報である・・世界中を飛び交う雑多な通信― 個人的会話から、企業間の取引情報、外交通信に至るまで―を、専門のアナリストたちが、このリストにもとづいて監視しつづけていた。ベトナム戦争の頃には、アメリカ国内の反戦運動の高まりを恐れた政府によって、反戦運動家やそれを支援する著名人たち―映画俳優のジェーン・フォンダや、小児科医のスポック博士、そしてマーチン・ルーサー・キングなど―も軒並み「ミナレット」リストに入れられ、常時監視下におかれていた。FBIがキングに対して偽情報を送るなどして陥れようとしたのは、有名な話だ。
 ・・この巨大な盗聴組織にかかわっているのは、軍組織だけではない。NSAは、無線通信大手のITTワールドコミュニケーション、ウェスタン・ユニオン・インターナショナル、RCAグローバル社から盗聴許可を得て、何十年にもわたって国内、国際通信を傍聴していた。
「オペレーション・シャムロック」と呼ばれたこの盗聴活動の存在を明らかにしたのは・・アメリカ議会のチャーチ委員会だった。この調査委員会で、NSA長官は・・「NSAは国内・国際通信を、音声、ケーブル共にシステム的に傍聴している」と証言している。(p.p.158-159)

急速な技術の発達は、往々にして法制度を置き去りにしてしまう。その技術がもたらす「負」の側面を、社会が認識するにはかなりの時間差が生じてしまうのだ。その時間差こそ、先行する企業にとっては貴重な営利追求のチャンスとなる。(p.166)

 日本の企業活動に関して、エシュロンの仕業とされている事例はいくつかある。
ドイツの「シュピーゲル」誌は、1990年、インドネシアと日本のNEC社間で取り交わされる予定だった2億米ドルの取引についての通信を、NSAが傍受したと報じた。これにブッシュ大統領(当時)が介入し、契約相手はNECAT&Tに二分されたという。1993年には、クリントン大統領が、CIAにゼロ・エミッションとして発売予定の日本の車メーカーをスパイし、そこで得た情報をビッグ・スリー(フォード、ゼネラルモータース、クライスラー)に提供するよう求めたという。
ニューヨーク・タイムズは1995年、東京のNSACIA支部は、ジュネーブで日本の車メーカーと交渉中のアメリカ通称代表部、ミッキー・カンターのチームに詳細な情報を提供していたとリポートした。・・クリントン大統領は1993年、シアトルで行なわれたアジア太平洋経済会議(APEC)に大規模なマス・サーベイランス作戦を行なうようNSAFBIに命じたという。(p.167)

1999年11月に・・アメリカ・シアトルで行なわれたWTO第3回閣僚会議に、国内外から10万人もの人々が押しかけ、WTOの改革(あるいは解体)を求め・・会議は結果として流会になった。(クリントン大統領は93年同様、大規模)監視を行なっていたことはまちがいない。それにもかかわらずWTOは失敗した。その頃、欧米では、事実を報道しない大手のメディアを嫌う、「独立系」メディアが数多く生まれていたが、「普通の人々」は、そこから情報を得、そしてその呼びかけに応じてシアトルをめざしたと考えられる。・・アメリカ政府は、この失敗の教訓、そしてエシュロンの「発覚」から新たな「決意」を持つに至る。・・国内外で反発が強まったり、「地殻変動」や「革命」の危険にさらされたりすると、アメリカは常にある「解決策」に訴えてきた。戦争である。そして、そこに9・11事件が起きた。
そして状況は一変してしまった。アメリカは新しい仮想敵国を手に入れた。「テロリスト」という名の、実体のない敵である。ついで政府は「テロとの戦い」を名目に、考えられるあらゆる人間を公然と監視下におく条件を整えた。そして、実在しない大量破壊兵器を保有しているとして、イギリスと共同してイラク攻撃を開始し、ほとんどの国民の目をそちらに向けてしまった。国内ではパトリオット・アクト(愛国者法)をはじめ、軍・政府の監視を可能にする各種法令を矢継ぎ早に成立させている。

いずれもネット時代を意識した法令で・・ブロードバンドのプロバイダーなどに、インターネットの「盗聴窓」を開けておくように求めている[もとは電話盗聴が対象]。(p.p.170-171)

斉藤貴男『「心」が支配される日』

Saitō, Takao. "kokoro" Ga Shihaisareru Hi. Tōkyō: Chikuma Shobō, 2008. Print.


地下鉄監視カメラ実験

東京メトロに・・人々の何もかもを見つめるテクノロジーが導入された。監視カメラで撮影した人間の映像と、あらかじめ用意してある顔写真データベースとを照合して、その人物の身元を瞬時に割り出す「顔認証システム」がそれである。

・・・主体は国土交通省の外郭団体である(財)運輸政策研究機構。使われたシステムはアメリカ製で、実際の運用や評価にはNTTコミュニケーションズの技術陣が当たった。・・誰がいつ、どこに、誰と一緒にいたのかがすべて把握されてしまう究極の監視テクノロジーが、今後、いつどのような形で張り巡らされることになるのかは、なお不透明なままである。(p.p.212-214)

纐纈 厚『監視社会の未来』

Kōketsu, Atsushi. Kanshi Shakai No Mirai: Kyōbōzai Kokumin Hogohō to Senji Dōin Taisei. Tōkyō: Shōgakukan, 2007. Print.

“監視社会の未来 : 共謀罪・国民保護法と戦時動員体制”

『警察白書』の二〇〇四年度版には、以下のような記述が露見される。
 すなわち、「治安の回復には、警察のパトロールや犯罪の取り締まりだけでなく、警察と関係機関、地域住民が連携した社会全体での取り組みが必要である」と。市民の治安問題についての関心を引き出しながら、その対応策として、要は警察への住民協力から、さらには住民相互の連携、そして相互監視が暗に仄めかされている
警察や政府が煽る危機感それ自体は、メディアや口コミなど、様々な媒体を経由してもたらされる。一市民のレベルでは、必ずしも確認のしようのない危機の対象が市民社会に広がっていき、やがて危機意識となって市民の深層に沈殿していく。それが、ある種の政治的思惑から政治利用される。その結果としてこの国の社会が監視社会としての性格を色濃くしていくのである。
国家が監視社会のレールを敷き、その実行部隊として警察が先導者となって、地域社会に安全対策と称して様々な住民組織を立ち上げていく。それは学校や病院などの公的空間に留まらず、家庭など私的空間にまで及ぶ。安全対策や危機対応という、それ自体否定しがたいスローガンの前に、数多の地域住民が動員されていく。
・・・「国の力」によって、監視社会がつくり出されているのである。(p.p.12-13)

国民保護法の危険な内容について先に述べたが、強調しておきたいことは、それが“国民動員法”であると同時に“国民監視法”でもあることである。また、そこに通底する国民管理や国民監視を当然視する文言や論理なども繰り返し注目しておきたい。戦前期の軍機保護法が、軍機保護を理由に、国民の日常生活への監視を強め、さらには国民間の相互監視を暗に進めた。すなわち、密告や通報が奨励されたのである。
・・・自らがスパイ視されることを回避するために、隣人をスパイ視し、自らが公権力に忠実であることを実証しようとするまでに、結果的に国民相互監視に不信や猜疑心を醸成する結果となった。それがまた、諸個人の自由で主体的な発言や行動を自粛させ、自己規制に走らせたのである。
実は軍機保護法は、直接的な意味で軍事機密を保護すること以上に、実際には国民監視網を全国津々浦々に張り巡らせることで、言うならば手っ取り早く国民監視し、国家への従属を強めさせ、国民の生命と財産を危険にさらすであろう国家政策の実行を円滑にさせるための法律であった・・・。
それと同じように、国民保護法も、国家の安全と安定を保護し、保守するという文言を掲げながら、最終的には国家政策の確実な運営を目的としたものといえる。その意味で国民保護法とは、「戦後版軍機保護法」と言っても決して過言ではない。

・・戦前国家であれ戦後国家であれ、戦争を可能とする国家であれば、国民の管理・統制には積極的な姿勢をとるものであることを歴史が示している。そして、国民の管理・統制が現実に効果を発揮しているかを確認し、さらには管理・統制が必要とされる成果を獲得するためにも国民監視が日常生活の領域であっても及ぶのである。

国民監視は直接的な肉体の痛みを伴なわないものである。それに気づかないか、たとえ気づいても、国民の安全のためという権力の説明に納得してしまうのである。そのためにも、軍機保護法や国民保護法などの、いわゆる防諜法が違反事例を数多打ち出すことで国民への恫喝をかけ、監視の実態を赤裸々にすることで、自由と平和を求めるはずの国民の声を塞いでいった歴史を読み解かなければならない。(p.p.242-244) 

Thursday, April 17, 2014

仙波敏郎 『現職警官「裏金」告発』

Senba, Toshirō. Genshoku Keikan Uragane Naibu Kokuhatsu. Tōkyō: Kōdansha, 2009. Print

警察には闇の警察組織といわれる警備課、公安課があり、組織内の不穏分子――私のように組織の悪を批判する者や左翼的思想の警察官などを、あの手この手で監視する。そんな暇があるのなら、凶悪犯罪や未解決事件に取組むべきだ。そして市民を見殺しにしたり、冤罪に陥れたりする「警察による犯罪」を、本気で撲滅すべきである。(p.132)

監視、盗聴、尾行

職場だけでなく、自宅の電話や携帯電話もほとんど盗聴され、電子メールの内容も盗まれていた。・・(「Nシステム」や「ココセコム」というGPSシステムを)容疑者の監視に使うことは、プライバシーの侵害行為として使用規約で禁じられている。だが、私が車でどこかにでかけると、その周辺で私と接触した可能性のある人間のところへ警官がやってきて、「仙波と会ったか」と執拗に訊ねるようなことが何度もあった。これらのシステムによって私が監視されていた可能性はきわめて高い。定年退職後も、あるいは監視が続けられるかもしれない。(p.p.198-199)


告発一週間前の揺さぶり

・・毎月、家に帰る道を変えたが、必ず車がついてきた。あからさまな尾行で圧力をかけ、同時に、なにか私のアラをさがそうとしていたのだろう。県警はいよいよ私を潰しにかかってきたのだと感じた。(p.178)


拳銃ケース細工事件

(親友の死で)憔悴しきった私を見た県警の人間は、「仙波はわれわれをうつかもしれん」と、怖くなったのだろう。それで拳銃を取り上げようと。だが当然、私は拒否する。だから、「その場合にも銃を撃てないようにしておこう」と、(強力接着剤で)ケース(が開かないよう)に細工をしたのだと言う人がいる。もう一つは、そうやって私を怒らせ、暴言や暴力をふるうよう誘導したのではないか、と言う人もいる。(p.233)


陰湿な組織的いじめ

子供じみた「シカト」を彼ら(同僚の皆)が大真面目でくり返すのは、
「仙波と話したことはすべて文書にして報告せよ」と上司に命じられていたからだ。・・県警は、そうやって私を孤立させようとしたのだろう。もともとこの組織には陰湿なところがあるのだ。(p.195)


長男にまで及んだ圧力

県警が私の留守中に玄関先まで入ってきて、郵便物や届け物などを全部チェックしていることがわかった。(息子のための)差し入れの本も、調べにきた警官が持ち去っていたらしい。これは明らかに違法行為だ。しかも(本を差し入れた)その会社まで(わざわざ客が来ているときを狙って)警官がやってきて、「この会社は殺人犯を雇うのか」「調書を取らせろ」などと大声で言うようになったという。
(裏金告発について)新聞の投書欄(に匿名)で賛同した人のところへ、(息子の)事件の公判調書が送られたこともある。・・警察が調べれば簡単に住所が特定できる。インターネットの2ちゃんねるにも、息子を誹謗中傷する多くの書き込みがあった。それを見て告発を支持するのをやめた人もいるだろう。公判調書は県警しか流せないはずだ。2ちゃんねるの書き込みも、警察関係者しか知りえないようなことがリアルに書いてあった。県警は、私を潰そうと躍起になっていた。(p.199)


シロをクロに変える冤罪の構図

・・一度逮捕したら、その人間が完全にシロだとわかっても釈放せず、そのまま突っ走ることが少なくない。誤認逮捕ということになれば、裁判所に対しても検察庁に対しても、警察のメンツが立たなくなるので、シロをクロにもっていこうとする。これが冤罪が生まれる構図である。
・・三島署にいたとき、放火事件が何ヶ月も解決しないことがあった・・先輩は驚くべきことを口にした。
「無罪でもなんでもええんじゃ・・(既に狙いをつけた三人の中で)アリバイのない奴を引っ張ってきたらええんじゃが」
・・もっともアリバイがない人間をしょっぴいて犯人に仕立て上げる、これが昔からの警察のやり方だというのである。
「先輩、それはいかんでしょうが。でっちあげの冤罪でしょうが」
「おまえもアオいのう」
この人はなんのために警官をしているのだろう― 私は愕然とするばかりだった。(p.125)


全員を共犯にする巧妙な手口

・・裏金づくりは、すべての警察関係者を否応なく巻き込んで行なわれてきた。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という、全員共犯の論理が罷り通ってきたのだ。(p.84)


悪の連鎖は断ち切れるのか

私の好きな言葉に、「源清ければ、流れ清し」がある。トップが清廉潔白なら、下もきれいになる。トップが腐っているのに、下の者がまっとうな仕事などできるはずがない不祥事を起こす警官は、みな、腹の中でこう思っている。
「たしかに俺は悪いことをした。でも、俺よりもっと悪い奴が上にいるじゃないか」
だから不祥事を起こしても反省しない。警察官による窃盗事件や性犯罪などが後を絶たないのは、そのためだ。(p.134)


若き警察官たちへ

(2007年の愛媛県警察学校の入学式の日に)・・新入生の一人が立ち上がり、
「愛媛県警にはまだ裏金があるのですか?」
と質問したというのである。校長以下、教官全員が凍りつき、誰一人として「ない」と答えられなかったそうだ。・・やがて彼のようなまっとうな警官の時代が来る。「長いものに巻かれろ」などと考えず、警察官の原点を忘れずに仕事に向き合ってほしいと心から願っている。(p.225)

Sunday, April 13, 2014

荻野富士夫 『特高警察』

Ogino, Fujio. Tokkō Keisatsu. Tōkyō: Iwanami Shoten, 2012. Print.


Ⅷ.特高警察の「解体」から「継承」へ
(特高が存在する法的根拠であった)治安警察法の廃止をめぐって・・内務省では(GHQにより既に廃止を指示されていた)治安維持法などの廃止に(治安警察法を)含めず、存続を決め込んだ。・・しかし・・このことを知ったGHQから廃止を指示されると、すぐ従うというみっともなさを露呈した。
そのうえ(特高職員の)罷免はいかにも不徹底なものだった。・・特高経験長期にわたる者も不問にされた。(p.215)
(一九)四六年五月一七日の『読売新聞』コラムには、「特高警察に属していたものが、名称だけは変わったが本質的には特高と変わらぬ仕事をやっている機構の中に潜り込んでいるというのが日本の警察の実情である」とある。(p.221)

新特高「公安警察」
一九四六年になるとGHQ参謀第二部(G)と管下の対敵諜報部隊(CIC)を後ろ盾に、「公安警察」の整備と強化が急速に進んだ。・・六月一二日には(ポツダム)勅令第三一一号「連合国占領軍の占領目的に有害な行為にたいする処罰等に関する勅令」が制定され、以後、絶大な威力を発揮していく。(p.p.224-225)
警察・公安委員会についてのアンケート調査の返信用封筒の切手に印がつけられ、「匿名投書とは、ていのいい警察用語であって、(印の)何番はダレ(が出した)というように、はっきりわかるカラクリがかくされてあった」として「この不愉快な、否、悪らつな手口は、特高精神の発露だ」と断じている(『朝日新聞』一九四八年一一月二五日)(p.226)

こうした状況の下、1950年前後には、罷免・「公職追放」されていた旧特高警察官の多くが「公安警察」部門などに復帰し、かつての経験・ノウハウを活かしていく。・・加えて、戦前の「思想検察」を継承する「公安検察」の設置(五一年一二月)、治安維持法の再来といえる破壊活動防止法の成立(五二年七月)・・などを指標にとると、一九五〇年代半ばまでに戦後治安体制は確立したといえる。(p.230)