Wednesday, September 11, 2019

亀岡修、百瀬孝 『よみがえる戦前日本の全景』

Kameoka, O., & Momose, T. (2015). Yomigaeru senzen nihon no zenkei: Okurete kita kyōkoku no seido to shikumi. Tōkyō: Mainichiwanzu. 


非常に強力だった警察の権力

…悪名高い特別高等警察(当初は特別高等課)が警視庁につくられたのは、一九一一年(明治四四年)です。こちらは各種社会運動の取り締まりを任務にしたので「思想警察」ともいいました。…彼らはスパイを潜入させ、拷問を行い、法を乱用しましたが、それは当時の世界の警察では当たり前のことで、特別高等警察に限りませんでした。
 また、全国の特高を統制していたのは内務省警保局の保安課で、全国の特高課長人事を握り、全国一斉検挙などの指令を出していました。戦後、特高警察官は一斉罷免になっていますが、保安課長と所属員は内務事務官という名であって警察官ではなかったため、罷免には該当しませんでした。ただし、課長は自発的に辞職しました(のちに復活)。 (p.p.57-58)


米兵による自動車強盗事件

[米軍]先遣隊が入って早くも三日後には、進駐軍による強盗事件が発生しています。
一九四五年(昭和二〇年)八月三一日、夜。大蔵省主税局長の池田勇人、大日本麦酒(現アサヒビール)常務の山本為三郎が、大蔵次官を辞めたばかりの田中豊を誘い、銀座の牛鍋屋で送別会を開いたあとのこと。三人の乗る車が米兵に止められます。手には大型拳銃を持っており、「降りろ」といわれ、三人と運転手、そして助手席にいた大蔵省課長の前尾繁三郎はすぐに降ります。代わって米兵たちが乗り込み、猛スピードで走り去りました。


…このとき国民が最も不安に感じていたことが、そういった略奪と、米兵による婦女子に対する暴行です。…イの一番に進駐してきた横浜界隈からは大量の避難民が流れ出し、京浜国道にひしめき合ったといいます。田舎に逃げ出そうと上野駅や新宿駅も疎開騒ぎのときのような混雑だったそうです。…心配したほどではなくても、やはり強姦事件は起きていますし、その防波堤をつくろうという動きも起きています。(p.p.264-266)

3 comments:

  1. 一九四六年になるとGHQ参謀第二部(GⅡ)と管下の対敵諜報部隊(CIC)を後ろ盾に、「公安警察」の整備と強化が急速に進んだ。・・六月一二日には(ポツダム)勅令第三一一号「連合国占領軍の占領目的に有害な行為にたいする処罰等に関する勅令」が制定され、以後、絶大な威力を発揮していく。

    (一九)四六年五月一七日の『読売新聞』コラムには、「特高警察に属していたものが、名称だけは変わったが本質的には特高と変わらぬ仕事をやっている機構の中に潜り込んでいるというのが日本の警察の実情である」とある。

    こうした状況の下、1950年前後には、罷免・「公職追放」されていた旧特高警察官の多くが「公安警察」部門などに復帰し、かつての経験・ノウハウを活かしていく。

    荻野富士夫 『特高警察』

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  2. (戦後)私は福島区で原爆展をやるという運動に加わっていた。そこに公安の者が来てこう言った。「占領下で原爆展やるいうのはアメリカ人に対する挑発です。どうしてもやるなら、あんたらをウィロビー少将覚書違反で逮捕することになる。井形さん、あんたも特高におったんやからわかるでしょう。それを覚悟でやるんですか」。GHQは、日本の民主化を進めるためにいたはずだが、一面で占領政策に都合の悪いことは厳しく取締った。・・・結局、その時は原爆展を開くことはできなかった。

    井形正寿『「特高」経験者として伝えたいこと』

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  3. 現在の集団ストーカーは、シュタージや特高警察みたいな例にあるような、政治的統制目的とは到底考えられないような事由でやってますよね。
    それは電磁波テクノロジー犯罪で起こせるいろんな異常といろんな病気、精神医療と癌や透析が必要な糖尿のような高額医療利権の肥大、企業収益や利権の維持拡大のための大量の犠牲・・・おまけに同和利権なども関与してくるのでどう見ても普通ではないです。

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